−ムカつく男 −
「だからxにこの式を代入して、こっちの・・・」
「・・・・・うぅぅ、もうヤダ!わかんない!」
「いいから最後まで聞けって」
「教えんのヘタなんじゃないのサボテン君!」
「あァ!?テメーの頭が足りねェのを人のせいにすンな!」
「はァ!?えらっそーに!」
「偉いんだよ」
「アンタ何様のつもり!?」
「家庭教師様だろ?」
あぁぁぁあああッ!くそムカつく・・・・・ッ!!
手当たり次第に物をぶつけてやりたい衝動に駆られたけどなんとか堪えてノートに齧りついた。
なんでこんなにムカつく男なんだろ!?
なんでこんなのとお兄ちゃん友達なんだろ!?
なんで!なんで・・・・・私はこんなヤツ好きになっちゃったんだろー!!
私はきっとお兄ちゃんみたいな人を好きになるもんだとばっかり思ってた。
周りの人は私のことをブラコンだとか、兄離れしないとか散々言うけど
そもそもあんな素敵な人を兄に持ってしまったせいで、私の理想はエベレストよりも高くなってしまったんだ。
だってあーんな綺麗なブロンドに綺麗な顔立ちであんな見事なプロポーションでよ?
中身は紳士だし、料理の腕は超一流だし、そのうえ強くて優しくて、加えて私にはものっすごく甘い!
そんな魅力的な人が当たり前のように側にいる環境で育ったら、そりゃタイプだってそうなるっつー話よ!
なのに・・・なんでこんな無愛想で鬼畜で品性のかけらも無いマリモマンなんか・・・ッ!
「はい!出来ましたよ、セ・ン・セ・イ!」
ノートを突き出すと、クソマリモはくるくると丸を付け始めた。
「おしっ、ちょっと休憩にすっか」
その言葉を合図に私は机になだれ込んだ。
ふいに触れられたような感じがして振り返ると何故か先生が私の髪を持っていた。
「・・・なんですか?」
「いや、そういやオメーは髪黒いんだなぁと思ってよ」
「どうせお兄ちゃんみたいに綺麗なブロンドじゃないもん・・・」
これはちょっとした私のコンプレックスだった。フランス人の祖父を持つ私たちは1/4のクウォーター。
けれどその血を引いたハーフの父は黒髪だし、日本人の母も、そして私も真っ黒。
なぜか兄だけが隔世遺伝で祖父と同じブロンドを受け継いだのだった。
それをネタに父と母はまだ幼かった兄に、お前は橋の下から拾ってきたんだよなんて言って泣かせたらしい(なんて親だろう・・・)
私も兄と血が繋がってないなんてタチの悪い冗談でよく泣かされた(その度に兄は父に蹴りかかった。当然母は免除だ。)
そして私は未だに、何故兄と同じようにブロンドに生まれなかったんだろうと不満に思っている。
自慢の兄は、同時に劣等感を抱かせる存在でもあった。まぁお兄ちゃんが大好きなことに変わりはないけど。
肩を落としているとふいに髪の毛を引っ張られた。
「なに落ち込んでんだよ。似合ってンだからいいじゃねェか」
似合ってる・・・?
まさかこの人に褒められるだなんて思っていなかったから面を食らった。
お兄ちゃんみたいに普段からそういうことを口にしない分、希少価値が高いっていうか
絶対思ってもないこと口にしなそうだし、信憑性があるっていうか・・・・・つまり嬉しい。
照れた顔を見られたくなくてそっぽを向く。
「で、でも、やっぱりお兄ちゃんみたいなブロンドには憧れるし・・・」
「ばーか、日本にいるんなら黒髪の方が楽だろうが。アイツなんか入学式から生活指導に呼び出しくらってたぞ」
「そうなの!?」
「おう。そんでそこで俺と鉢合わせて、それ以来の腐れ縁だ。鬱陶しいったらありゃしねェ」
「・・・先生も緑髪だもんね。その上ピアス3つだし・・・」
「そう、だから生活指導の常連だ。まぁ絶対ェ止めねーけど」
あまりのふてぶてしい態度に思わず笑ってしまう。
そしたら先生もつられるように顔を和らげた。
「アイツも散々褒めてたしな。みどりの黒髪だの、鴉の濡れ羽色だの、漆黒の艶だの・・・
最終的にはうちの妹は世界一可愛いだのなんだのって・・・耳にタコが出来るくれェ聞かされたんだぞ?」
「お兄ちゃんてば・・・」
「まぁ実際オメーに会って、アイツの言ってることも分かったけどな」
「えっ!?」
「おらっ、そろそろ再開すっぞ」
・・・そんなのズルくない?
不意打ちで褒めたりしないでよ。そんな優しい顔見せたりしないでよ。
好きになっちゃうじゃん・・・っていうかもう好きなんだけど・・・。
あぁッもう!触れられた髪の毛が熱いんですけどっ!?どうしてくれんの!?
―――その後の勉強は、浮かれた頭にはなかなか入らなくてすっごく大変だった。
授業が終わって先生が帰ったあと、お兄ちゃんが様子を訊ねてきた。
「あのクソマリモちゃんと教えてっか?手出されたりしてねェだろうな?」
「あははっ、大丈夫だよ。ちゃんと教えてもらってるよ」
―――まぁ惚れさせられちゃいましたけど・・・なんつって。
「うちの妹は世界一可愛いから心配なんだよ」
「ふふふっ、今日先生もそう言ってたよ」
「はァ!?アイツが?」
「お兄ちゃんがそう言ってたって」
「あぁ・・・そういうことか。びびったー・・・」
先生の言葉を思い出してつい顔がにやける。するとお兄ちゃんが訝しげに私を覗き込んだ。
「・・・まさかあの芝生頭のこと好きになったりしてねェよな・・・?」
「なっ、何言ってるのお兄ちゃん!?なんで私があんなマリモマンなんか・・・ッ!!」
「そ、そうだよなァ。ははっ、俺何ありえねェ事言ってんだろうな」
「そそそそーだよ!先生なんか無愛想だし、顔怖いし、スパルタだし、服の趣味悪いし、頭緑だし・・・ッ
それから、それから・・・とにかく!お兄ちゃんの足元にも及ばないよ!!」
「・・・・・・・・?それ本気で言ってんだよな?」
「え?そうだよ、なんで?決まってるじゃん!あ、私お風呂行ってこよーっと」
「おぉ・・・」
私は逃げるようにリビングからぱたぱた出て行った。
「・・・・・・・・・・じゃあなんでマリモのこと話す顔がそんなに顔が嬉しそうなんだよ・・・」
お兄ちゃんが不安げに顔を青くしていたことなど知る由もなく、私はまたひとりでにやけていた。
どうやら優秀な家庭教師様は、英語や数学だけじゃなく私に恋まで教えてしまったらしい。
恋愛初心者の私には手ごわい相手のような気がするけど・・・
とにかく、まずはいいとこ見せるために予習頑張るぞ!と気合を入れて私は拳を握り締めたのだった。
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