−ムカつく女−
真剣な表情で参考書に取り組むについ目が吸い寄せられる。
わずかに伏せられた目は長いまつ毛が陰りを作り、すっと通った鼻筋やラインの綺麗な骨格。
横から見ると端正な顔立ちが際立ってよく分かる。
―――黙ってりゃあいい女なんだけどなぁ・・・
隣に座り頬杖をつきながらじいっと見つめていると。
「じろじろ見ないでよクソマリモ。見物料請求するわよ?」
視線をノートに向けたままそう言い放つ。
くそムカつく・・・・・ッ!!
俺は思わず握っていたシャーペンをバキリと折った。
黙ってりゃあ可愛いんだよ、黙ってりゃあ!!
額に青筋を立てながら、コイツはつくづく『アイツ』そっくりだと思った。
そもそも出会いから最悪だったんだ。
ある日俺が近所の公園でごろ寝をしていると、植え込みを挟んだすぐ側で
「一目ぼれなんです!付き合ってくださいっ!」
と、なにやら青春ドラマが始まってしまった。
・・・おいおいおい、これじゃあ起きれねーじゃねぇか。
図らずも出歯亀になってしまった俺は、何とも居心地が悪い状況に身動きが取れなくなった。
「・・・ごめんなさい」
「ど、どうしてですか?」
「タイプじゃないんです」
・・・うわ、この女はっきり言うな。相手黙っちまったじゃねーか。
「っじゃあ、どんな人がタイプなんですか!?」
おいおい、お前ェもこれ以上食い下がンなよ。ますます話が長くなるだろうが。
「そうですねぇ・・・。紳士的で優しくて、強くって包容力があって、足が長くて、髪がさらさらのブロンドで・・・」
なんだこの女。外タレにでも惚れてんのか?
「料理が天才的に上手くて、眉がぐるぐるで、口が悪くて、でも女性には寛容で・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・待て。それ完全にモデルいるだろ?っつーか『アイツ』だろ?
むしろアイツ以外にもそんなヤツ何人もいて堪るか。アイツのファンかなんかか?・・・奇特な女もいるもんだな。
すっかり自分の世界に入っているらしく女はうっとりと饒舌に語る。
そんな女に痺れを切らしたように男が叫ぶ。
「そんな人いませんよ!」
「あら、いるわよ。失礼ね」
そうだ、いるんだよ。残念ながら・・・
「そんな事言って僕を馬鹿にして・・・っ!」
逆ギレかよ・・・。はぁ、と溜息をつき起き上がろうとした瞬間、俺の携帯が鳴った。
うげッ。
二人がこっちに気づいてばっと俺を見る。
両方と目が合い、俺は気まずくなりながら頭を掻いた。
「悪ィな、邪魔して・・・」
そう言うと男は真っ赤な顔で走っていった。
・・・ま、いっか。
一方の女は顔色ひとつ変えずこちらを見ている。
おー、確かに一目惚れされるだけのことはあるな。
起き上がって服についた土を掃いつつ、女に話しかけた。
「アンタ、くそこっ・・・サンジのファンかなんかか?」
すると女は驚き目を見開いた。
「あなた知り合いなの!?」
あーぁ、やっぱりか。と嘆息しつつ植え込みを乗り越えた。
「・・・男の趣味悪ィな」
すると女はカッとして俺の脛を思いっきり蹴った。
「痛ッッ!!〜〜〜何しやがんだテメー!」
「あなた失礼にも程があるわ!第一、覗き見なんてする悪趣味な人に人のタイプとやかく言われたくないわよ!」
「テメーらが勝手に人が寝てる横で始めたンじゃねーかッ!」
「大体ね、レディーが困ってるのに助けもしないなんて男の風上にも置けないわ!」
なんっつームカつく女!言ってる事までどこぞのアホコックみてェだ!
ぎゃあぎゃあと口論した俺たちは、やがてふんっと顔を背けてそれぞれ反対の方向へと歩みだした。
次の日、俺は用があってクソコックの家に向かった。
顔を合わせたとたん、あの女の事を思い出して腹が立つ。
「なに会うなり睨んでんだよてめェは」
「・・・別に」
「まぁいいや。今連れてくるからとりあえずそこ座ってろ」
俺は言われた通りにソファに座ると、出された紅茶を啜った。
数日前、俺はクソコックにバイトを持ちかけられた。
それは自分の妹の家庭教師をしないかという話だった。クソコックの妹ってのが気になるが
「時給3千円でどうだ?」
という言葉に食いついた。部活がある俺にとって、あまり日数は入れなくとも高時給のバイトは願ってもないものだ。
「でもなんで俺なんだよ。お前が教えりゃあいいじゃねェか」
「俺はついつい甘やかしちまうからダメだってジジイに言われてよォ。ルフィやウソップじゃ頭が足りねェし、それに・・・」
「それに?」
「お前ェなら妹に手ェ出すこともねえだろうし」
・・・確かに。コイツと血の繋がった女なんかに手出す気にはなんねェな。
そんな訳で俺は家庭教師のバイトを引き受けることになった。
のだが・・・
俺はその女を前に固まった。向こうも俺を見て驚いている。
―――あん時の女じゃねーかッ!
「ほらな〜!クソ可愛いだろぉ俺の妹・・・ってなんだお前ら?どした?」
「どーしたもこーしたもこの女はっ・・・痛ッ!」
「なーにやってんだクソマリモ?」
「大丈夫ですかぁ?」
大丈夫ですかぁってお前ェが蹴ったんじゃねーかッ!弁慶の泣き所をッ!
女は蹲る俺に顔を近づけて「余計なこと言うんじゃねぇぞ」とばかりに般若みたいな顔で凄んだ。
俺がそれに凍りつくとにっこり笑って
「はじめまして、です」
とにこやかに挨拶をし、俺はそれを呆然としながらそれを見つめた。
あーぁ、なんでこんな女の家庭教師引き受けちまったんだか。
けど貧乏学生にとっちゃ背に腹は変えられねェし・・・。
憮然としながらのノートの答えあわせをすると、そろそろバイトも終了の時間になった。
「分からねェとこねーか?」
「うーんと・・・はい、大丈夫です」
「あったらちゃんと言えよ?」
「大丈夫だって!それに・・・」
「なんだ?」
「先生に教えてもらって段々分かるようになってきたし、ちょっと楽しくなってきたかも・・・なーんて」
照れくさそうに頬を染めて笑う姿になぜかドキッとした・・・
・・・・・・・・はっ!?
いや待て!“ドキッ”ってなんだ!?
いやいやいや!ありえねーだろ、こんなムカつく女!?
俺はもっとこう従順そうな、可愛げのある女が好きなはずだ!間違ってもこんな・・・
「せんせい?」
葛藤しているとふいに覗き込まれた。
・・・・・・・・可愛いじゃねーか。
おいおいおい、勘弁してくれよ俺・・・。
適当に誤魔化して終わらせると、俺はの家を後にした。
道すがらのことばかりが頭を占める。
いや、アイツは惚れちゃマズイだろ。曲がりなりにも教え子な訳で、俺は金貰ってる立場で。
第一クソコックの妹だぞ!?もし万が一間違いでも起こってみろ、アイツに手出した日にゃ、俺はクソコックの弟に・・・
絶っっっ対に無理!!死んでも無理!!!
くそっ、あんなムカつくブラコン女、意地でも惚れてたまるかッ!!!
ひとりで百面相しながら葛藤していた俺は、5分で着く駅に何故か2時間さまよい続けて帰った。
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