最近、俺にはちょっと思うところがある。


「サンジー、アイスティーのグラス下げてきたよー」


さんが最近、俺にとても優しい気がする・・・。


誤解のねェように言っとくが、さんはもともとクソ優しいレディーだ。
あぁ、そりゃもう女神さまのようにな!

ただそういうんじゃなくて、なんかこう・・・俺に向けてくれる表情が柔らけェっつーか。
あの敵襲の一件以来二人の距離が近くなった感じがするんだ。

これって、もしかしてもしかすると、もしかしちゃうんじゃ・・・!?


「ありがとう、さん。でも置いててくれりゃ俺が取りに行くよ?」
「ううん、お礼も言いたかったし。今日のもすっごく美味しかった」

あぁ、それだよそれっ!
そのふわっと可憐な花が咲いたみてえな笑顔!
っかーーーー!たまらんっ!!
その笑顔で飯三杯いけるね俺!

俺が身悶えしていると「まーたサンジがおかしくなった」ところころ笑った。
あぁ・・・胸が、きゅーっとする・・・


だってよォ冷静になって考えてみりゃ、この前の抱擁だとか、敵襲の後の会話だとか、
めちゃくちゃ良いムードじゃねえ?そりゃ勘違いもしたくなるだろ?
それともやっぱりあれも弟的存在だからこその事だったんだろうか・・・。

さん・・・貴女の気持ちが知りてェ・・・



「その生クリームっておやつ用の?」
「そう、今日のはちょっと時間がかかるやつだから今から冷やすと丁度良いんだ」
「美味しそ〜!」
「ははっ、ちょっと味見する?」
「いいのっ!?」

子供みたいな無邪気さが可愛くて、つい頬が緩んじまう。
さんに味見してもらう前に、一度甘さを確かめようと人差し指で掬い上げた。
すると。


ぱくっ。


俺の指をふいに温かさが包んだ。
口内の濡れた感触。
ちらりと見えた赤い舌は艶やかに光り、触れた唇は驚くほど柔らかく。
その光景は妙に官能的で。

その全てが俺を狂わせる。


「美味しい〜!ありがとサン・・・」
彼女が口元に当てた手をぐっ、と掴んだ。

真剣な表情の俺にさんが狼狽える。

「あ、れ?あ、やっぱ食べちゃダメだった?ごめ・・・っ」
さん・・・こういうことすんのは、俺を男としてみてねェから?」

さんが、目を見張る。


「俺は今も、弟と変わらねえ存在のまんまなのかな?ちょっとも変わらねえ?
 あの時と同じように、ただの・・・ただの仲間のまんま?それとも・・・」

早口で捲くし立てられ、彼女の血の気が引いていくのが分かった。

あ、やべェ・・・
そう思った時にはすでに遅かった。


「ご、ごめんっ・・・」



・・・あーぁ・・・またやっちまった。
さっきまで抱いていた都合のいい期待が、がらがらと音を立てて崩れていくのが聞こえる。
木っ端微塵に砕けたそれは鋭い破片となって再び開いちまった傷に突き刺さっていった。

俺は意思の力を総動員して彼女の手を握っている自分のそれをゆっくりと離した。
一度深呼吸すると再びそれにぐっと力を籠めて、動揺している彼女の頭にぽんっと乗せる。

「変なこと言ってごめん。忘れて?」
「サンジっ、私・・・」
「良いから。分かってる。ほら、なんかクソゴムが呼んでるみたいだし行っておいでよ」
「ほんとに・・・ごめんっ」
さんにこれ以上謝られると余計に辛いんだけど?」
「あっ、ご、ごめ・・・」
「はははっ、もう良いから、ね?」

出来るだけ優しく頭を撫ぜて手を下ろす。
彼女は泣きそうな顔で後ろ髪引かれるようにこちらを気にしながら出て行った。
手を振って送り出してから、扉がしまり一人きりになると


俺はテーブルの上に崩れ落ちた。


「・・・・・・・痛ってェーーーー・・・」
確っ実に胸になんか刺さってる。
もう痛ェなんてもんじゃねえ。
ぱっくりと開いた古傷からはどくどくと血が流れてるんだ。
なんかもう傷口に塩っつーより硫酸?
あぁ、やべェ、ちょっと泣きそうだ・・・。

でも、なんとか彼女の前で醜態を晒すことだけは避けられてほっとした。
自分を褒めてやりたいくらいだ。
ボール落とさなかった辺りは腐っても料理人だな。
まぁ俺は一流の料理人だけど・・・。
そんな馬鹿なことを思う余裕があることに自嘲した。

俺はちゃんと彼女の前で笑えていただろうか?

あーぁ、ちょっとは脈アリかと思ったんだけどな・・・。
思わせぶりな態度だなんて思う俺の方がきっと身勝手なんだ。
彼女のあれはただの弟もどきに対する可愛がり方のひとつに他ならないんだ。
それでも、ルフィ達へのそれとは違うもののような気がしたんだけど・・・。
「俺の勝手な自惚れかよ・・・」
ぽつりと溢した独り言はキッチンに虚しく消えた。


しばらく突っ伏してから足に力を籠めて立ち上がる。
「おし、仕事すんぞっ」
自分を奮い立たすみたいにわざと声に出して。

仕事しよう。今日は凝ったもんでも作るかな。
こういう時コックで良かったと心底思う。
しなければならない事があるのは幸せだ。
何かに没頭していれば余計なことを考えなくて済む。

平気だ、前だって乗り越えられたんだから。
また、やれるさ・・・“仲間”を・・・。


「・・・チョッパ〜・・・恋の傷に効く薬をくれェ・・・」
泣き言は波の音が消し去っていった。





否が応でも飯の時間はやってくる。
こんな狭い船じゃ逃げも隠れも出来ねえし、第一俺はコックだし。
数時間前にあんなことがあろうが何だろうが、嫌でも本人と顔つき合わせなきゃららねえ。
嫌でも・・・。

ちらりとさんを窺うと、やっぱり暗くなっている。
き、気まずい・・・。
溜息を無理やり飯で飲み込む。
折角の料理なのに味わかんねえな。

クソゴムに料理を奪われても蹴り飛ばす気力もなく。
ひたすら昼食の時間が過ぎるのを待っていると、ふいにルフィが口を開いた。
「ナミー、お前ェなに怖い顔してんだ?」
「べ・つ・にっ!」

てっきり俺が落ち込んでるせいでそう感じているだけだと思っていたが、食卓の空気は不穏だったようだ。
自分のことにいっぱいいっぱいで気づいていなかったが、ナミさんがクソ剣士にやたら不機嫌な視線を向けていたらしい。
なんだ?このバカ何かしでかしたのか?
しかし当の本人はさして動揺した風でもなくいつもの仏頂面で平然と飯を食っている。
そして、隣には小さくなっているさん。

??状況が見えねェ・・・



おかしな空気のまま昼食は終わり、クルー達はそれぞれ出て行ったが
さんだけは何故かずっと座ったままだった。
俺は戸惑いを隠せず緊張しながら皿を洗い続ける。
なんで?とかどうすりゃいい?とか何か話かけた方がいいのか?とか
ぐるぐるぐるぐる思考回路がループする。
嫌な緊張感に包まれたキッチンにはかちゃかちゃという食器の音だけがやけに響いた。
最後の一枚を洗い終えてきゅっと水を止めたところで、ようやくさんが口を開いた。

「サンジ・・・ちょっと、話がしたいんだけど良いかな?」
良くないです、とも言えずどぎまぎしながら返事をする。
なんだ話って・・・?うわっ、変な汗かいてきた・・・。
とりあえず二人分のお茶を出すと俺は彼女の斜め前に腰掛けた。

俯き加減の彼女の緊張が伝わってきて俺の心拍数も一層上がる。

小さく彼女が言葉を紡いだ。

「さっきね・・・ゾロに怒られちゃって」
・・・は?ゾロ・・・?
「中途半端な真似すんなって。・・・ほんとだよね、サンジの気持ち知っていながら
 散々期待させるような素振りをして。本当に私、最低だった」
ごめん、と頭を下げる。
あぁ、クソマリモにさっきの見られてたのか・・・
それでようやくさっきの出来事に合点がいった。
「さっきナミさんが不機嫌だったのってそれが原因?」
「あ、うん・・・ゾロに叱られてるとこを遠目に見てたらしくて、そのせいで私が落ち込んでると思ったみたい・・・」
悪いのは私なのにと苦笑する様子を見て、事実上の原因である俺はちょっと複雑な心境になった。

「サンジは私にいつもちゃんと向き合ってくれてたのに私はずっと逃げてた。サンジの優しさに甘えてた・・・。
 でもそれじゃダメだってようやく気づいたの。だから、ちゃんと話さなきゃって思って」
「逃げるって・・・どういうこと?」
「・・・サンジのこと男の人として見れないって・・・あれ、嘘なの・・・」
「えっ・・・!?」
「本当は恋をするのが怖い、だけなの・・・」

混乱した頭で、必死で彼女の言葉を理解しようする。

「私、これまで何人かの人と付き合ってきたけど、多分、いつも別れる理由は同じだったの。
 別れを切り出すのは私だったり相手だったりもちろんその時によって違ったんだけど
 根本的な理由は同じだったんだと・・・思う」
「・・・理由って?」
「私の夢の先に、ゾロがいたこと・・・」
「 ! 」
「前に海軍大佐の人にあったでしょう、あの短髪の。
 昔あの人に言われたのよ。自分の恋人が他の男を追っかけてるのは辛いって。
 例えそれが恋愛感情じゃなくたって、それが夢だと言われたって
 頭では理解しても心がついていかないんだって・・・。
 言われてはじめて気づいたの。あぁ、私この人のことずっと苦しめてたんだって。
 きっとこれまで付き合ってきた人たちも、知らず知らず傷つけてきたんだって・・・。
 前に話した通り、私にとってゾロは本物の弟みたいな存在でその気持ちに偽りは全くないの。
 ・・・だけど、それを理解して欲しいなんて、私のエゴでしかなかったのよ・・・」

さんはきゅっと唇を結んだ。

「振り返ってみれば思い当たる節はあったの。
 相手との間に徐々に溝が出来ていって、その理由が分からないまま離れてしまうこともあったけど
 思い返してみれば、そうして私が苦しめたせいだったんだって、ようやく分かった。
 ・・・そしたらね、怖くなったの。誰かと付き合っても、また傷つけてしまうんじゃないかって。
 また同じように傷つけて、失ってしまうんじゃないかって・・・。
 そう思ったら恋をすることが怖くなった・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「恋は終わりがくるものだって、いつしかそう思うようになったの。
 だからね、サンジのことを、そんな相手にしたくなかった・・・。
 いつか別れが来る恋人じゃなくて、ずっと側にいられる仲間でいたい、と、思ったの」

さん・・・」

「せめて夢を叶えるまでは、恋をするのは止めようって・・・。
 だけど、サンジの側は居心地がよくて、私はその優しさに甘えてしまった。
 恋人を作るつもりなんてないくせに、中途半端な態度をとって貴方を傷つけた・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、みんなが真っ直ぐに夢を追いかけてるこの船に、そういうことを持ち込んじゃいけない気がして・・・。
 私のせいでみんなの空気を壊すような真似したくなかったの・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・サンジ、ごめんね・・・ごめんなさい・・・っ」

さんは両手で口元を覆いながら涙を零した。
そんな彼女を見ながら俺は今聞いた言葉を心の中で反芻し、そしてゆっくりと口を開いた。


「・・・・・さん・・・」
「・・ひっく・・・・」
「俺さ・・・」
「・・・・・う、ん・・・」
「俺・・・・・」
「・・・・・・・・・」


「・・・なんか腹立ってきたわ」

「・・・え・・・?」


俺は立ち上がるとさんの腕を掴み、そのまま引っ張って甲板に出た。
船首の方へとずんずん歩いていくと他のクルー達が何事かと目を丸くした。

戸惑いの声を上げる彼女にも、他のクルーにも目もくれず
船首の手前に彼女を立たせると俺は船首へと上る。

「おい、サンジ!そこは俺の特等席だぞ!!」
クソゴムの言葉を無視して俺は思い切り息を吸い込んだ。











「俺はさんの事がっ好きだぁぁぁあーーーーーー!!」







グランドライン中に響き渡るような声で俺は叫んだ。



「死ぬほど好きだーーー!!どうしようもないくらいっ大っっ好きだぁぁぁぁあーーー!!!」



クルー達は呆然としている。



「好きだっ!好きだっ!!好きだぁぁぁぁあーーーーーー!!!」
「サ、サササンジっっ!?」

さんがこれ以上ない程真っ赤になって俺を止めようとした。

「いいぞー!サンジっ!もっとやれーーーーー!!」
クソゴムが大爆笑してはやし立てる。
ウソップは目を丸くして赤面している。
チョッパーは何がなんだかわからないというようにきょろきょろしている。
ナミさんは呆れ返っていて、ロビンちゃんは面白そうに微笑んでいる。
クソマリモは青筋立てながら鬼のような形相をしている。


ふうっと息を吐いて、振り返りどかりと腰を下ろすと
倒れそうなくらい真っ赤になって目に涙を浮べているさんを見つめた。

「さぁさん、これで仲間内での空気がもクソもないでしょ?」

さんが大きな目をまん丸くした。
俺はにっと笑って続ける。

さんは俺の気持ち見くびり過ぎだよ。俺そんな中途半端な想いで貴女を好きになったんじゃないぜ?
 これで少しは分かってもらえただろ?」

俺は船首から降りて、両手で彼女の手を握り締めた。

「俺は本気で貴女のことが好きだ、大好きだ!終わりなんか考えられないくらい好きなんだよ。
 傷つけたっていいんだ。恋したら傷の一つや二つ当たり前だろ?
 自分のエゴだったなんて・・・恋なんてエゴの押し付け合いみたいなもんじゃねェか。
 そりゃ、好きだからこそ他の男の存在気にしたり嫉妬したりすりけどさ。
 もう、俺はそんなん構ってらんねェくらい好きなんだよ」

「サン・・・ジ・・・」

「貴女が恋をするのが怖いっていうなら、そんな気持ち吹き飛ばすくらい貴女を愛してみせる。
 いつか別れがくるんじゃねえかなんて、そんな不安感じる暇ねェくらい好きだって伝えるよ。
 それで、いつか貴女がそんなくだらねえ事言ってられねェくらい俺に惚れさせてみせる。
 それくらい俺は貴女が好きだから・・・好きで好きで堪らねェから」

彼女の頬を伝う涙は太陽の光に眩しく輝いた。

「覚悟してくれよ?俺はもうこの気持ちを隠したりしない。グランドラインに誓っちまったんだ。
 狙った宝は逃さねェぜ。俺は海賊だからね」


頬に触れてその涙を拭うと、彼女はゆっくり顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃなその顔が心底可愛くて、可愛くて可愛くて仕方がなくて。
俺は思わず笑ってしまった。
他のクルー達も微笑んでいる。
唯一マリモだけは顔を顰めているけど構うもんか。
俺は彼女を抱き締めた。

これまでさんについた傷が少しでも癒えるように。
辛い恋なんて忘れてしまえるように。
そして、この気持ちが少しでも届くようにと・・・。

柔らかな風に包まれて船はゆっくりと前進する。
穏やかな日差しに照らされたメリーが微笑んでいる気がした。












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