あの敵襲以来俺は一週間近く寝たきり状態で、その間コックの仕事はほぼさせてもらえなかった。
俺の代わりにレディー達が料理を作ってくれるのは嬉しいんだがどうにも落ち着かねえ。
ついに耐え切れなくなり俺はチョッパーの制止も振り切ってキッチンに立った。
「駄目だぞサンジ!肋骨にひびが入ってるんだ。火傷だってまだ・・・少なくともあと一週間は安静にしてなくちゃダメだ!!」
「大丈夫だチョッパー。俺はコックだからこうしてる方が楽なんだよ」
まぁまだ体は痛んだが夕食は問題なく作ることが出来た。
いつも通りの騒がしい食事が終わるとナミさん達が片付けを申し出てくれたが丁重に断った。
「でもその怪我じゃ、まだ水仕事は辛いでしょう?」
「ナミさんに心配してもらえるなんて光栄だなぁー!もしかしてナミさんっ!?俺に惚れたぁーーー!!?」
「・・・あーはいはい、もう勝手にやってなさい」
呆れたようにナミさんがラウンジから出ていき、他のクルーも続々といなくなる。
その間も黙々とシンクに食器を運んでいたさんだけがそこに止まった。
「さんも、もう十分だからさ」
ありがとうと続けようとしたが、さんが不意に俺の名前を呼んでそれを遮った。
やけに深刻そうな顔をしたまま、シンクに手をついて俯いている。
「サンジ、聞いて。私・・・サンジに秘密にしていた事が、あるの・・・」
「さん・・・?」
突然の事に戸惑いながらも、その重い空気に俺は思わず唾を飲んだ。
「実はね・・・私、
『皿を洗わなくては死んでしまう病』なのよ・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・はい?」
素っ頓狂な声をあげる俺に、尚もさんは真面目な声で
これまで抑えて来たけどついにまた発病しただの
いやいやまいったわ〜だのと言いながら溜息を吐いた。
「そんな訳で皿洗いは私がやるから、サンジは拭く係ね」
「いや、ちょっ、さんっ!?」
訳の分からない展開に唖然としていたが、はっと気づき
スポンジに洗剤を付け始めたさんを慌てて止めようとした。
しかし。
「ううっ!汚れた食器を前にしたら胸が・・・っ!」
早く洗わなくちゃ!とか小芝居始めてしまう始末。
「あのねぇ・・・さん」
頭を抱える俺を、さんはうるっとした上目遣いで見つめてきた。
「私が、嘘吐いてるとでも?」
うっ!ずりぃ!そんなんされたら何にも言えなくなっちまうじゃねェか!
くそぅ・・・・分かっててやってんな・・・・?
尚も潤んだ瞳で見つめてくるさんにたじたじになり、ついに俺は諦めの溜息を吐いた。
「あー、もう分かりました!お願いします!」
降参とばかりに両手を上げると、さんはクソ嬉しそうな顔をしながら
「はい、じゃあコレ」と俺に布巾を差し出した。
・・・こうやって無難な仕事をよこして必要以上に気ィ使わせねえよにするあたりがさすがだ。
「さんには適わねェな」
苦笑混じりにそれを受け取る。
「あ、ちなみに私も一週間くらいは発病する予定だから」
・・・ほんっとに適わねえ。
もうなんか可笑しくなってきちまって笑い声を上げると、さんは満足そうに仕事を始めた。
「よーし、これでおしまい、っと」
さんが最後の皿を棚に片付ける。
結局ほとんどの仕事を取られてしまったし、強引に申し出てくれた事とはいえなんだか申し訳ない気持ちになる。
「本当にありがとう。お礼にお茶でもどうかな?」
せめてものお詫びにとびきりのを煎れようと茶葉を選んでいると
さんが難しい顔をして俺を見始めた。
こ、今度はなんだ?
顔を顰めて腕を組むと、う〜んと唸りだす。
「俺なんか悪いこと言っちまったかな?」
身に覚えは・・・
「サンジ!」
「は、はい!」
どもっちまった・・・だせェ。
「ちょっとそこに、おすわり!」
おすわりって、俺は犬かなんかですか?
・・・それに従っちまう俺も俺なんだが。
言われるがままにダイニングの椅子に横掛けするとさんは俺の正面に立った。
「さん、俺なんか気に障ることでも・・・って、ちょっ、さん!?」
え?何、なんだこの状況!?なんで俺さんに抱き締めれれてんの!?
うわっ胸が顔に当たるんですけど!?
いや、クソ幸せですけど!!幸せすぎて昇天しそうなんですけど!!?
あたふたする俺に構わず、頭をぎゅーっと抱き締めるさん。
キャパオーバーで顔を沸騰させているとさんの落ち着いた声が降ってきた。
「サンジはね、甘えるのヘタ」
「・・・さん?」
「コックとして仕事を全うしようとするのも、女の子を守るんだっていう騎士道も解るけど働きすぎよ?少しは休まなくちゃ」
「いや、そんなことないよ。もう十分すぎる程休んだし。心配させちまったなら謝るけど・・・」
「そういう事じゃないの」
さんはゆっくり体を離し、まっすぐに俺の眼を見た。
「私がね、寂しいの」
ふふっと微笑んで頭に置いたままの手でゆっくりと俺の髪を撫ぜる。
俺は惚けたまま、されるがままにさんの温度を感じていた。
「サンジはとても強い信念を持っているでしょう?
でもそれは、単純に力や強さっていう方向にベクトルが向いている訳じゃないじゃない?
フェミニストで女性には絶対足を上げないとか
コックとして戦闘に手は使わないとか
それは時として戦闘の足枷になるものだって、私は思うの」
柔らかな表情だけれど、その瞳は真っ直ぐに強い意思を伝えてくる。
「それでもね?きっとそれらを捨ててしまえばもっと貴方自身楽に生きられるはずなのに
そんな事には見向きもせず、傷ついてもそれを貫いてただただ夢に向かって歩いていく。
そんなサンジを私はとても素敵だと思うの」
慈しむ様な優しい微笑みに心が蕩けちまいそうだ。
「ねぇサンジ?どんな時でも女性を守るのが貴方の騎士道なのよね?」
「もちろんそうだよ」
さんはちょっと悪戯っぽく微笑んだ。
「もちろん私はそれを尊重したいわ。だけどね、レディーを守ってくれるのがナイトなら
その傷ついたナイトを癒してあげるのが私の淑女道なのよ」
目を丸くする俺に、まぁ私が勝手に作った言葉なんだけどとおどけて笑う。
「貴方の信念も尊重するわ。だから私の方も認めてくれないかしら?」
「さん・・・」
「甘えられるって嬉しいものよ?その人にとって自分が気を許せる存在なんだって思えるでしょう?」
さんは再び俺の頭を抱き寄せる。
「だからね、せめてこうして怪我している間くらい堂々と甘えてみせてよ」
じゃないと拗ねちゃうわよ?と、またさんは笑った。
鼻をくすぐる甘い香りが。
包み込んでくれる柔らかさが。
感じられる温もりが。
頭を撫でられる心地よさが。
その全てが俺を満たす。
こんなにも温かな気持ちになったこと、今まであっただろうか。
さんは俺の髪を梳きながら、なんか珍しく髪荒れてるねぇ?と世間話みたいに言った。
「あーうん、手袋付けて洗ってんだけど、どうにも腕が思うように動かなくてさ」
「そっか・・・よしっ!じゃあ今から髪洗ったげようか」
「え!?さんが洗ってくれんの!?」
結構上手いのよ私、とご機嫌な様子で得意げに言ってみせる。
レディーの手を患わせるような事してもらう訳にいかねえ。
と、いつもなら騎士道よろしく丁重にお断わりするトコなんだけど・・・
なんか今は、さんの優しさに、ただただ甘えてェと思っちまう俺がいる。
やっぱり俺の脳みそ溶けきっちまってるらしい。
「ほんとに、良いの?」
「もちろん。じゃあすぐに準備してくるね」
さんは俺の頭を手でぽんっと撫ぜてから、パタパタとラウンジを出ていった。
残された俺はさんの暖かさが離れちまった事に寂しさを覚えて
まるでガキみてェだなと苦笑した。
多分、今この状況は俺にとってとんでもなくオイシイもので。
好機、と言えるのかもしれねえが。
なんか今は、さんの気持ちとか、俺の想いとか、そんなことごちゃごちゃ考えねえで
理由なんて後付けでいいから素直にこの暖かさに浸っていたいんだ。
こんな俺は男としてクソ情けねェかもしれねえけど
さんの前では素のままの自分を晒したって良いと思えちまう自分がいた。
これまでは好きな女性にこそ格好悪い姿なんて見せたくねえと思ってたのに、不思議なもんだ。
とにかく。
まずはさんが戻ってくる前に、この赤ェ面をなんとかしねーと・・・
俺はしまりのない顔をぺちぺち叩いた。
そしてまた、彼女が出ていった扉にぼんやりと視線を向ける。
ねぇ、さん。
俺さ、
俺、さんの事好きになって
死ぬほど苦しい気持ちとか
クソ遣り切れねぇ想いとか
これ以上無いくらいの胸の痛みとか
そういうの、嫌って程味わったりしたんだけど
だけど・・・
今、心の底から思うんだ
たとえこの先この想いが叶わなかったとしても・・・
俺、さんの事
好きになって、良かった・・・
そんなことを、泣きたいような、感謝したいような気持ちで、そう思えるんだ。
この怪我が治る頃には、きっとまたいつもの様に格好つけてみせるから。
今はただ、気持ちのままに。
貴女の傍に・・・
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