人生最大の大失恋から数週間が過ぎ。
今日もまた俺は。
「んナミすわぁーーーんっ!すわぁーーーんっ!ロビンちゅわぁーーーんっ!
俺特製“愛情たっぷりオレンジジュレ夏の恋仕立て”はいかがですかぁーーー!?」
ラブハリケーンで回っていた。
そりゃ失恋直後はさすがにそこまでやる気力はなかったが
本来ポーカーフェイスは得意な方だったんだ。
彼女に心を奪われる前までは・・・。
じくじくという胸の疼きを堪えながらも
野郎共を蹴りつけ、レディー達を褒め称え、コックとしての仕事に没頭し
自分を騙し騙し日々を過した。
さんはあの日からも変わらず笑いかけてくれる。
その変わらない接し方にほっとする一方で
どうにも寂しく思う気持ちを隠し切れない。
まるで俺の告白などなかったかのようで
あぁ、本当に微塵も相手にされていなかったのだと改めて突きつけられるようで・・・。
けれど、それでも時間の流れってのは意外とすごいもんだ。
時折訪れるどうしようもない感情の波さえ乗り越えれば
あとは自分でも驚くほど平静を保っていられるまでになっていた。
このままこんな風に毎日を過し、想いから目をそらし続ければ
いつか本当になんともなくなる日が来るのかもしれない。
傍目にはなんら変わりない日常の中、そんな事を思えるようにまでなっていた。
しばらく海上での生活が続き、ぼちぼち食料もピンチになってきた頃
ようやく次の島が見えた。
が、しかし。
そこは俺たちにとっちゃあんまり居心地の良さそうな島ではなかった。
「うわー、港に海軍船がずらーーーっと・・・」
「あーあ、これじゃあこの辺には泊められないわね。仕方ない、どっか隠せる場所探しましょ」
そのまま島の周囲を回り、船を隠せる手ごろな入り江を見つけてそこに錨を下ろした。
ログの時間を調べるナミさんと食料調達する俺だけが一先ず船を下りた。
買出しを終えて船に戻ると、下船しようとしているさんと偶然鉢合わせた。
「さん、出掛けるの?」
「うん、ナミがログ溜まるのまだかかるって言うから、ちょっとぶらっとしてこようかと思って」
ログが溜まるのは夕方過ぎで、それまで手配書組以外は外出しても大丈夫だろうとナミさんが判断したらしい。
当然のごとくルフィは暴れたが、それもナミさんの手によって押さえ込まれたようだ。
「クソゴムが絶対船から逃げ出す方に千ベリー」
「あははっ、じゃあ私も!ってそれじゃ賭けにならないね。サンジはもう買い出し終わったの?」
「うん。あーあのさ、俺もさんとご一緒してもいいかな?」
「もちろん。それなら一緒にお茶でもしようか」
多少緊張したが、自分でも驚くほど自然に言葉が出てきた。
さんが躊躇せず受け入れてくれたことが本当に嬉しくて、そしてちょっとだけ切なかった。
それでも久しぶりに二人きりで過ごす時間に胸は高鳴り、そんな自分に苦笑した。
街まで行くと落ち着いた雰囲気のカフェに入った。
注文したケーキも紅茶もなかなかの味で、さんも美味しいねと笑った。
しかしふと顔を寄せて「でもサンジのが美味しいけどね」と
まるでいけない事でも話すかのように小声で囁き、悪戯した子供みたいな顔で笑った。
・・・まーたそうやって俺の心を鷲みにするんだから。
俺は顔がにやけるのを止められずに紅茶を口に運んでそれを誤魔化す。
こうやって二人でテーブルについて、まわりからはどう見えているんだろう?
恋人同士に見えるだろうか・・・なんて、不埒なことを考えてしまう。
でもそんなシチュエーションに、俺の心はどんどん舞い上がっていった。
そんな俺の幸福なひと時は、店に入ってきた一人の男によってぶち壊された。
そいつは長身の短髪で、がっちりとはしているものの整った顔立ちのせいか
不思議とむさ苦しい印象のない男だった。
まぁどんな男だったとしてもヤローを見つめる趣味はねェし、別段気にも止めなかったが
そいつが真直ぐこちらへ向かってきたのでそうもいかなくなった。
なんだコイツ、さん目当てのナンパヤローか?
俺がそいつを睨むとさんもそれに気付いて顔を上げた。
そして彼女は息を呑み、その目を見開いた。
彼女の異変に気づいて問い掛ける前に、その男が立ち止まって口を開いた。
「・・・」
知り合いかとさんの方へ視線を戻せば、さんも男の名前を呟いた。
「久しぶりだな」
そう言いながら、男は俺をちらりと一別した。
なんだか見定められているように感じたのは俺の思い違いか?
男の視線に気付いたさんが、一瞬はっとしたように俺を見た。
さんなんか焦ってる・・・?
「まさかこんなところで再会するとは思わなかったよ」
「私もよ・・・海軍大佐ともあろう人が、こんな所をうろついてて良いの?」
男の背中を見やれば、そこには確かに“正義”の二文字が掲げられていた。
「昔の恋人に向かって随分な言いぐさだな」
『恋人』
その単語が胸に突き刺さる。そうかもしれないという予感はあったが
実際に突き付けられるとそれは一気に現実味をおび、俺に重くのしかかった。
「彼は・・・?」
男は今度こそ俺の方に向き直った。
俺は反射的に敵意を向ける。
さんの顔には動揺の色が見て取れた。
「彼は友人よ。ねぇコックさん、少し彼と話がしたいから先に戻っていてくれないかしら?
みんなにもそう伝えて・・・」
―――俺は自分の耳を疑った。
『コックさん』・・・?
今さんは俺をそう呼んだのか?
なんで・・・
ふと、俺を見る男の目に優越感が浮かんでいるのを感じた。
・・・そういうことか。
ハッ、確かに『コックさん』なんて言い方すりゃ誰も恋人だなんて疑われねェもんな。
元彼に俺みたいのが彼氏だと思われちゃ困るってか。
俺はぎりっと奥歯を噛むと、さんの言葉を最後まで聞かずに立ち上がった。
「・・・ごゆっくり」
刺を含んだ声で低く告げると、二人の顔も見ずに歩きだした。
テーブルを蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、なけなしのプライドで押し止めた。
あのヤローの前で醜態晒すような真似はしたくねェ。
それじゃあ完全に負け犬じゃねーか。
それでも腸が煮え繰り返るのを抑えられねえ。
俺はポケットに手を突っ込んだまま通りを歩きだした。
よっぽどひでェ面してたんだんだろう。すれ違う奴らが怯えた顔で道をあける。
・・・なぁ、さん
あんまりじゃねェ?
確かにロビンちゃんは俺をそう呼ぶけど、貴女がそれを口にするのは意味が違うだろ?
一度だってそんな風に呼んだことなんてねえじゃねェか。
いくら昔の男の前だからって、そりゃねーぜ・・・
確かに俺はただの仲間だけど、そう貴女と約束したけど・・・
あーぁ、諦めるなんて言っといてこのザマだ。
俺には嫉妬する権利すらねーのかよ・・・っ
「ちきしょ・・・っ!」
近くにあった樽を思い切り蹴り飛ばすと、それは派手な音を立てて砕け散った。
「何やってんだ〜サンジ?」
頭上から能天気な声が降ってきた。
「・・・ルフィ。お前こそ何やってんだよ」
「んー?俺はなぁ・・・」
「いたぞ!麦わらのルフィだ!」
「こうやって海軍に追っかけられてるとこだ!」
腕を伸ばして屋根から屋根へと逃げていくルフィに溜息を吐く。
こちらに向かって来た海軍兵が俺に気づいた。
「あいつも麦わらの一味か!?取り押さえろっ!」
人がイラついてる時に・・・いや、むしろ好都合か?
ひと暴れしたい気分だからな。
「俺は今機嫌がクソ悪ィんだ。かかって来んなら覚悟しろよ?」
十数人いる海兵共をギロリと睨みつけると、一瞬怯んでから一斉に飛び掛ってきた。
地面に手をつき倒立のまま脚を開脚して、そいつら全員に蹴りを浴びせてやるとあっさりと伸びちまいやがる。
手ごたえの無ェザコ共ばっかりだが、次から次へと向かってきた。
数ばかり多いそいつらに、余計むしゃくしゃしながら応戦し続ける。
気づけば先ほどいた場所まで戻って来ていて、ルフィもそこで海兵の相手をしていた。
そこへさんがさっきの男と二人で歩いてきた。
俺たちを見つけて目を丸くする。
「ルフィ!サンジ!」
「おぉ!!」
ルフィの言葉に隣の男が顔を顰めた。
詰め寄ろうとする男を無視してさんが尚も叫ぶ。
「おぉじゃないよ!もぉ〜早く逃げるよっ!」
さんが船の方へと走り出し、俺とルフィも後を追う。
「・・・さん、アイツの事良いのかい?」
後ろから追ってくる男をちらりと見やる。
「うん!もうログ溜まったから!さっきナミに船出してって言っておいたし!」
「・・・ログ?」
前方に船が見えてきて、ルフィが船に腕を伸ばし俺たちに捕まれと叫んだ。
海兵達を後にして船はどんどん島から遠ざかっていく。
俺たちが甲板になだれ込むと、顔を険しくしたナミさんが待ち構えていた。
「ルフィ!アンタにはあれっ程船から出るなって言ったでしょうが!」
「いいじゃねーか、無事出航出来たんだからよぉ」
「良くない!全くが機転利かせてくれなかったらどうなってたか・・・」
ルフィがナミさんに怒られているのを尻目に、俺はさんの方へ向き直った。
「さん、機転って・・・?」
「ん?あぁ、あのカフェの前をナミが偶然通りかかったから
あの人にばれないように事情を説明して時間になったら出航するように言ったのよ。
てっきりサンジが伝えてくれてると思ってたんだけど、すれ違っちゃったの?」
「え?俺が?」
「あの時みんなに伝えてって言ったじゃない。あれ、伝わってなかった?
てっきり理解してくれたから店出たもんだと・・・」
「え!?じゃあもしかして、さんはログが溜まるまで時間稼ぐためにアイツと・・・?」
「何を今さら・・・あの人一応大佐だから捕まるとそこそこ面倒だしね。
サンジなら言わんとしてる事気づいてくれてると思ってたんだけど・・・
しかもとっくに乗船してると思ったらまだルフィと街にいるし、びっくりしちゃったよ」
さんの言葉にはっとする。
「じゃあもしかして俺を『コックさん』って呼んだのも・・・」
「海軍の前でサンジの名前呼ぶわけにいかないじゃない。
手配書こそ出てないものの階級の高い人間なら“黒足のサンジ”の名前くらい知ってるもの。当然でしょう?」
いつバレるかと思って冷や冷やしたよと話すさんの言葉にがっくりと項垂れる。
そういう事、か・・・それでさんあんな動揺して・・・
あぁ〜なのに俺は勝手に勘違いして、あまつさえ嫉妬してイラついて・・・
せっかく俺を逃がしてくれたっていうのに・・・
なんて馬鹿なんだ、俺っ!
四つん這いでずーんっと項垂れていると、さんが恐る恐る声をかけてきた。
「サンジ・・・もしかしてなんか勘違いしてた・・・?」
そう問われて、うっ、と言葉に詰まる。
「・・・ごめん、俺すげェバカみたいに暴走しちまって・・・」
落ち込む俺の頭を、さんは苦笑しながらぽんぽんっと撫ぜた。
「・・・せっかくの楽しいティータイムに邪魔が入っちゃったねぇ」
柔らかい言葉にふっと顔を上げると、そこには穏やかな優しい笑顔があった。
「あとでやり直そうか!カフェより美味しいサンジの紅茶でね」
さんの温もりに、胸がいっぱいになる。
「ほらー!早くあいつら撒くわよーっ!」
ナミさんの声に船の後方を見遣ると、海軍船が追ってきていた。
お茶会はまだお預けだねとさんが笑って走っていく。
俺も慌ててナミさんの指示に従った。
舵を切りながら、俺は自分の愚かさに呆れた。
誰が気持ちを忘れられるって?
全っ然ダメじゃねェか。
彼女への想いを諦めるなんて言いながら
結局はあんな風に取り乱して、嫉妬して
どう足掻いたって結局彼女への想いを再確認するだけなんだ。
さん、ごめん。
俺やっぱり貴女のこと諦められそうにねェや・・・
帆に風を受けてスピードをあげる船と共に俺の心も再び加速していくのを感じた。
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