「サンジ、私・・・サンジのことが好きっ・・・!」
「さん・・・」
上気した頬、潤んだ瞳、そしてその艶やかな唇に心拍数が上がる。
「俺も・・・さんのことが・・・」
「サンジっ!」
その華奢な体を抱きしめ、ゆっくりと離し見詰め合うと彼女はそっと目を閉じた。
濡れた長い睫は淡い陰をつくり、そっと触れた頬は驚くほど柔らかかった。
思わずごくりと喉を鳴らし、俺は徐々に顔を近づける。
―――さん、好きだよ・・・
・・・・・・・・・・・・ゴンッ!!
「!!?・・・・・・痛っ・・・・・!」
ハンモックから落ちて強打した頭は混乱をきたすが
むさ苦しい野郎共の酷い寝相と地割れがしそうな鼾が俺を現実に引き戻す。
・・・・・っ!俺は、なんっちゅー夢を・・・っ!!
「うああぁぁぁぁあーーーっっ!!」
「うおっ!なんだっ!?敵襲か!?」
「ななななにが起きたんだ??」
「っうるせーんだよクソコック!!」
「肉ぅーーー・・・ぐぉーーーー・・・」
陽気な夏島海域を快調に進むGM号。
いつも通り騒がしい甲板。いつも通り美しいレディー達。
そして、俺もいつも通り元気いっぱい・・・
「一緒に釣りしよーぜ、!」
ガッシャーーーーーッンッ!
「、なんか話・・・」
ズダダダダダダーーーーッ!
「ねぇ、ちょっ・・・・」
ガラガラガラガラーーーッ!ドゴンッ!!
・・・瀕死直前だった・・・
「サンジー!?い、医者ァーーー!あ、俺だーーー!?」
「アイツ生きてんのか?っつーか船壊すなーっ!」
「サンジ君が壊れたわ・・・」
「そのうち海に落ちて藻屑にでもなりそうね」
「怖いこと言わないでよロビン!」
「アイツのせいで最近眠れねぇしよぉ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「剣士さんの顔、日に日に人相悪くなっていくわね?」
「それはサンジが寝言で・・・」
「・・・・・・・・・・!!」
「ひぃっ、ゾロが人殺しそうな顔でっ・・・かはっケチャップ星っ!」
「こっちも医者ァーーー!!」
「腹へったなァ〜、おいサンジ飯・・・って大丈夫かお前!?」
「「「いや、遅ェよ!」」」
・・・いいから、ほっといてくれ・・・
自分が変なのは俺自身が一番分かってんだよ。
さん本人どころか、その名前聞くだけで
皿割るわ、階段から落ちるわ、木箱の山ひっくり返すわ・・・
何も無いとこでこけるわ、煙草反対に吸うわ、しかもそれ落としたのに気づかねぇで危うくスーツ全焼しかけるわ・・・
エトセトラ、エトセトラ・・・。
その度にチョッパーが医者―!って叫んで、ウソップに船壊すなって怒鳴られて。
けど俺だって好きでやってる訳じゃねえんだよ!どーしよーもねえじゃねえか!
けど、一番しんどいのは・・・
「サンジ!?大丈夫!?」
心から心配してくれるさん・・・
お願いだから、そんな無防備に近づかないでくれ・・・
俺、冗談じゃなく死んじまう・・・っ
さんへの思いを自覚したとたん、俺は見事なまでに壊れていって。
もう既に満身創痍。誰か助けてくれ・・・
今日もなんとか一日を無事?終えて、俺は一人キッチンで朝食の仕込みをする。
でも、頭に過ぎるのはやっぱりさんのことばっかりで・・・
「サンジ?」
ザクッ・・・
「痛ッッテェ!!」
「ちょ、大丈夫!?ごめん!私いきなり声かけちゃって・・・」
「いや、だっ大丈夫」
「早く手当てしなくちゃ」
「いや、本当に大丈夫だから・・・」
俺の言葉も聞かずにさんは救急箱を取り出してきて、俺を無理やり座らせた。
包丁でざっくりやっちまった指からは血があとからあとから滲んでくるが
そんなもんに構ってられねェくらいに俺の焦りは増していく。
「はい、手出して?」
「じ、自分でやりま・・・」
いいからっ、とさんが俺の手を取った。
さんに触れられた部分が急速に熱を持つ。
マズイ、体中熱くなってきた・・・。
今朝の夢が唐突に頭を過ぎる。ぎゃーっ!勘弁してくれっ!!
ぐわーーーっと全身の血液が逆流してるみてェだ。
「はい、出来上がり・・・ってサンジ顔真っ赤よ!?熱でもあるんじゃ・・・」
「いや!本当に大丈夫だから!!」
必死に首を振る俺にさんが訝しむような視線を向ける。
ひ〜っ!俺を見ないでくれ・・・っ
「サンジ・・・最近変よ?何かあったの?」
ええ、貴女のせいで・・・とも言えず、曖昧に笑って誤魔化す。
「何か悩み事?それなら聞くよ?」
本人に相談なんて出来るかよ・・・。
「私じゃ・・・力不足かな?」
寂しそうな顔で俯かれ、胸が痛む。
そうじゃねえ、そんな顔させたいんじゃないんだ。
「さん、ほんとにそんなんじゃねぇんだよ・・・俺・・・」
あぁ、クソッ、だんだん虚しくなってきたぜ。
さんに気持ちがバレねえようにって、必死で隠してきたくせに
目の前でなんの疑いも無く俺に視線を送る彼女が憎らしく思える。
なんで俺の気持ちに気づいてくれねえんだ
なんでそんな無防備に近づくんだって
身勝手な思いばかりが込み上げる。
俺、なにやってんだよ・・・
項垂れる俺の頬にさんがそっと触れた。
はっと顔を上げれば、そこには驚くほど近い距離にさんの顔があった。
どくんっと心臓が悲鳴をあげる。
「サンジ・・・私、心配なのよ」
――頼むから
「ねぇ、もしも私に出来ることがあるなら・・・」
――やめてくれ
「あなたは大切な」
――もう
「仲間なんだもの・・・」
――限界だ・・・!
ぐいっと腕を引くと彼女は小さく悲鳴を上げ、バランスを崩して俺の胸に倒れこんだ。
堪えきれない気持ちに任せてその体を抱きしめる。
その細さに驚き、華奢なそれを折ってしまいそうだと怖くなる。
けれど加減することなんて出来なくて
自分の腕の中にあんなにも恋焦がれた人がいるのかと思うと
嬉しさと苦しさで頭がくらくらした。
体中が心臓になったみてェだ。
「サンジ・・・?どうしたの?」
「・・・んかじゃねえよ」
「え?」
「さんは仲間なんかじゃねえ・・・」
「サンジ、どうして・・・っ」
「俺 さんの事が・・・・・・好きなんだ」
息を呑む音が聞こえた。
小さく震える体に、尚も愛しさが募る。
「好きだ。好きだ・・・好きだ、死ぬほど好きなんだ」
「・・・サンジ」
ようやく抱えていた気持ちを吐き出せたことへの安堵と。
彼女の反応に対する恐怖と緊張。
そして、彼女に触れている事への高揚感。
口の中が渇き、手にはじわりと汗が滲んだ。
「ごめん・・・」
突然冷水をぶっかけられたような
目の前が暗くなっていくような感覚に囚われる。
力の入っていた腕を緩め、ゆっくりと彼女を放す。
死刑宣告される囚人てのは、こんな気持ちなんだろうか。
それでも目を彼女から逸らすことが出来ない。
「サンジの事は好きだけど・・・そういう風には、見れない」
「・・・なん、で?」
「・・・・・・・・・・」
「他に好きな奴でも・・・やっぱり、ゾロの事が」
「違うよ、そうじゃない!」
「じゃあなんで!」
みっともなく声を荒げる俺。
馬鹿か、なにやってんだよ、さん泣きそうじゃねえか・・・
「ゾロは私にとって弟なの。ゾロもサンジも、他の皆も私にとって大事な」
「俺も弟と変わらねぇって事?」
さんはぐっと口を噤み俯く。
そして、小さく頷いた。
「サンジ、わかって?私は・・・」
さんが何か言っている。
けどちっとも頭に入ってこねえ。
は?弟?なんだよそりゃ・・・
恋愛対象どころか、男としてすら見てもらってねえんじゃねえか・・・
最悪だ・・・最悪だよ。
そりゃ俺の気持ちなんて気づくわけねえよな。
眼中にねえんだからよ・・・。
あぁ、あんなに聞きたくて仕方なかったさんの声なのにちっとも聞こえてこねぇよ。
俺の頭は働くことをやめちまったんだ。
もうどうにもならねえのに、受け入れることを拒否してるんだ。
けど、なら、どうしたらいい?
この気持ちを諦めろっていうのか?
この想いを捨てろっていうのか?
・・・そんなんできるかよ!
出来るんだったら最初っからそうしてんだよ!
なんで、なんで捨てなきゃならねえんだ・・・
―――ソンナコトスルクライナラ
「・・・・サンジは、仲間だから・・・」
仲間。その単語を聞いた瞬間。
何かが切れた。
気づいたときには、俺はさんをテーブルの上に押し倒していた。
さんは目を見開いている。
暴走する体とは対照的に俺の頭ん中はいやに冷めていた。
―――ドウセテニハイラナイナラ
俺何してんだ?
―――イッソノコト
さん怯えさして
―――チカラヅクデ・・・
これ以上自分の首絞めるような真似してどうすんだよ・・・
「・・・サンジ?」
あぁ、それでも、貴女の不安げなその瞳に俺の中の狂気は煽られるばかりで。
「・・・こうすれば、嫌でも俺が男に見えるでしょう?」
もう止めろ、そう思うのに、欲望は止め処なく己を駆り立てて。
さん、ごめん
もう体が言うこと聞かねえんだ
いっそのこと俺を突き飛ばして殴ってくれ
それで泣き叫んで大嫌いだって
そしたら俺・・・
すっ・・・と、さんの目が細められた。
そう思った瞬間。
ぐっ、と俺のネクタイをさんが引っぱり
後頭部を手で押し付けられた。
頭の中が真っ白になる。
ふいに温もりを感じた気がして
思考回路が停止する。
くちゅっ・・・
「・・・・・・!!??」
いやに生々しい水音で急速に頭が働きだした。
俺・・・なんで、さんと、キスしてんだ!?
さんの舌が、俺の口の中で蠢く。
口内を貪られ呼吸をすることもままならない。
「〜〜〜〜〜〜!!」
パニックと酸素不足で目を白黒させる俺に構わず
彼女の舌はまるで生き物のように俺のそれと絡み
その巧みな動きに体の力が抜けていくのを感じる。
ぷはっ
と、音を立ててようやくさんが離れた。
いつの間に入れ替わったのか、俺が押し倒される側になっていたことにようやく気づいた。
「さっ・・・!一体何っ・・・!!?」
俺の言葉を待たずまたもネクタイを引っ張られる。
「!!?」
「・・・押し倒したからって女が手に入るなんて思わないでね?」
額が付きそうなほど間近で睨みを効かせ、地を這うような低音ボイスで凄まれ
血の気が引いていく。
「は、はいっ・・・!」
声、裏返った。
何、この情けない状況・・・?
さんはテーブルに座ったままの俺を腰に手を当てて仁王立ち半眼のまま尚も睨んだ。
なんかもう、土下座でもなんでもしたい気分だ・・・
「さん・・・バカな真似して、ほんとにごめん・・・」
しゅんと項垂れる俺に、彼女は呆れたような溜息を吐いた。
「合意も無く女性を押し倒すなんて、紳士のサンジらしくないんじゃない?」
「仰るとおり・・・返す言葉もございません・・・」
さんは困ったように笑って
「ねぇサンジ、私、サンジの事すごく大事よ?とてもとても大切に思ってる」
優しい口調と共に穏やかな表情を見せた。
「貴方が望む“好き”とは違うけれど、サンジのことはとても尊敬しているし一人の人間として大好きなの。
そして、何より大切な・・・仲間だわ」
「・・・さん」
「だからもし、貴方が辛いというのなら、私はこの船から降りるよ」
「何言って・・!?さんが降りる必要なんてねえって!」
動揺する俺に向かってさんは微笑んだ。
「もしも、それでもこの船にいて良いと言ってくれるなら
私はもっと、サンジと一緒に時を重ねたい。仲間として支えあっていきたい」
「・・・・・・・・・」
「出来ることなら、仲間としての私も好きになってくれたら、嬉しいな・・・」
「さん・・・」
彼女は苦笑いして、ワガママでごめんね、と言った。
「いや、わがままなのは俺の方だよ・・・クソ困らせちまって、ほんとにごめん」
「ううん。気持ちは嬉しかった」
「しかも押し倒しちまったし・・・」
「んー、それはお互い様ってことでいいんじゃない?」
さんは俺の唇をとんっと指で押し、ゴチソウサマっと悪戯っぽく微笑んだ。
「っ!さん・・・!」
「にしししっ!じゃあもう寝るねっ」
まるでルフィみたいに笑ってから、おやすみ〜、と軽やかに戸口へ向かう。
そして扉を閉める前に立ち止まると、振り返ってこちらを真っ直ぐな目で見つめた。
「サンジ、また、明日ね」
「うん。お詫びに朝食はさんの好物作るよ」
「わーい!楽しみにしてる」
笑顔で手を振って、彼女は出て行った。
足音が遠ざかり、やがて波の音しか聞こえなくなった。
俺は側にある椅子を引くとどさりと落ちるようにそこへ座った。
煙草を取り出す気にもなれずぼんやりと視線を宙に浮かべる。
あーあ、振られちまった・・・
死ぬほど辛いはずなのに、なんだか落ち着いている。
彼女の破天荒な行動を思い出し
「・・・敵わねェな、まったく」
なんだか笑えてしまった。
まだまだ貴女への想いは止めどなく溢れる一方なのに
この気持ちを諦める術なんて見当もつかないけれど
でも、俺の事を大事だと、大切だと言ってくれた貴女に
あんなにも酷い事をしてしまった俺にも笑いかけてくれた貴女に
俺も精一杯応えたいから
心に鍵をかけよう
いつの日か、それを開けても大丈夫と思えるその時まで
だから、せめて今だけは
あなたへの想いの中で浸らせて・・・
明日、“仲間”の顔で「おはよう」と言うその時までは・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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