春島の気候が安定してきた頃、船の先にようやく島が見えた。
そこそこの大きさだったが島の半分以上は森や岩山に覆われ、村自体はあまり大きくなかった。
島に着くと一度解散し、昼食の際村の食堂に再び集まった。
そこでナミさんが興奮気味に話を始めた。
「みんな聞いて!この島にはお宝伝説があるらしいの!」
「「「お宝??」」」
「そうよ!噂では奇跡と謡われるブルーダイヤが眠ると言われているらしいわ!」
「へぇ〜」
「ログが溜まるのは明日の夕方。なんとしてもそれまでにお宝をゲットするのよ!」
「ブルーダイヤと言えば、彼の有名なものは持ち主を死に導く呪いがあるというわね」
「しっ、死ぬのか!?」
「ちょっと恐いこと言わないでよロビン!・・・まぁ、手に入ったら即効換金すれば大丈夫でしょ」
「正気かよっ!」
「目がベリーになってる・・・」
「そんなナミさんも素敵だーーーっ!!」
「ムシャムシャムシャッ…はぁー食った食った!よぉーし、お前ェら!宝探しに出発だぁー!!」
「うわぁっ俺のいつの間にか食べられてる〜!」
「あ、私のも・・・」
「こんのクソゴムがっ!」
クソ船長を蹴り飛ばして昼食を終えると、俺たちは各自情報を集めてから再び船に集まることにした。
俺はさんと一緒に村人達に聞き込みをしたが
なかなか有力な情報を得られないまま一軒の飲み屋に辿り着いた。
そこはまだ客も疎らで、俺たちは店の主人から話を聞くことにした。
その時、ふいに外が騒がしくなり、突然ガラの悪そうな野郎共がガヤガヤと店に入ってきた。
すると主人が小声で「山賊だよ」と囁き、店中をそいつらが埋め尽くすともといた客達はさっさと店を後にした。
俺たちも絡まれたら面倒だし店を出よう、とさんに言おうとしたが
「山賊なら、そういう事も詳しいかもしれない」という彼女の提案で止まる事にした。
本音を言えば、あまりさんに危険な目に合うような真似して欲しくねェんだが・・・
既にやる気満々の彼女を止めるすべはなく、俺は渋々同意した。
「なんだ、いやに綺麗なネーチャンがいるじゃねぇか!ちょっとこっち来て一緒に飲めよ!」
「あら、同席させて頂いてよろしいの?」
「よろしいよろしい!ネーチャンなら大歓迎だよ!ギャハハハハハハッ」
下衆な笑い声を上げるそいつらに顔をしかめるが、さんに目配せされて堪えた。
だがもしさんに指一本でも触れるような真似しやがったら、絶対に許さねえからな!
さんはテーブルからテーブルへと移り、お酌したりしながら話を聞き出していった。
途中何度となくさんに不埒な真似を働こうとしたヤツが現れ
その度に俺はそいつをギロリと威嚇して縮み上がらせた。その度にさんが俺を嗜める。
くっそ〜、ナミさんの為とさんのお願いがなけりゃ、こんな奴らすぐに蹴り飛ばしてやんのに!
俺がそんな事を考えていた時、恰幅の良い髭面の男が声を上げた。
「そりゃオールブルーのことじゃねェか?」
「「オールブルー!?」」
思わず俺はさんと声を揃えて聞き返した。
「なんだお前ェら、オールブルー知ってんのか?」
「あ、あぁ・・・俺はコックで、オールブルーを探してるんだ。全ての海の生き物がそこにいるっていう伝説の・・・」
俺の言葉を聞いて、恐らくコイツらの頭らしいその男が噴出した。
「ギャハハハハッ!オールブルーを探してるって!?お前ェ馬鹿じゃねぇのか!」
「バーカッ!そんなもんねェよ!」
「どっかのイカレタコックがほざいた大ボラだ!」
薄汚ェ笑い声が店中を包む。
あーあ・・・こんな奴らに期待した俺がバカだったぜ。
ハッ、腹を立てる気も起きねェな。そんなセリフは散々耳にしてきたんだ。
こんなクソ野郎共に笑われたからって今更何とも思わねえよ。
ただ、こんなのに巻き込んじまったさんの事だけが気に掛かった。
嫌な思いしてなきゃ良いんだが・・・。
そう思いさんの方を見ると、さっきまでいたハズの姿がそこにはなかった。
そして突然。
ドゴッッ!バキバキバキッ!!
強烈な音に慌てて視線を上げた俺の目に飛び込んできたものは・・・
今しがた俺を罵倒していた男が壁に後頭部をめり込ませている様と。
その男の顔にめり込むウェッジソールサンダル。
ロングスカートが捲れて露になった美しいお御足。
そして怒りを湛えたさんの顔だった・・・。
「お頭っ!」
「ごめんあそばせ?戯言をほざくのが聞こえたものですからつい・・・」
慇懃無礼な態度でさんが男の顔面を踏みつけていた足を下ろすと、そいつはブクブクと泡を吹いて崩れ落ちた。
「て、てっめぇ、よくも・・・っ!」
山賊の剣幕にも動じずにさんは冷たい目で見返す。
「さっき酒に毒を仕込んだわ。早く大量の水を接種しないと、あなた達もこうなるわよ?」
温度のない声で言い放つと足元で転がっている顔面紫の男を差した。
「ハッタリかましてんじゃねえぞ、このクソアマ!」
「そろそろ体に兆候が現れるはずだけど?信じたくなければご勝手に。数分後には死ぬわ」
「そういや、体が・・・っ!?」
「っみ、水ーーー!」
男共はカウンターに次々と押し掛け将棋倒しとなり、店はパニックになる。
さんは涼しい顔でそれを擦り抜けるとすたすたと店を出て行ってしまった。
事の成り行きをひたすら茫然と見ていた俺は、慌てて彼女の後を追う。
さんは険しい顔をしながらズンズンと肩を怒らせて歩いていた。
「くっそぉー!こんなことならピンヒール履いてくりゃよかった!」
そりゃあ痛そうだ・・・・。
「さんいつの間に毒なんか・・・」
さんがちらりとこちらに視線を向ける。
「ただの下剤よ。まぁ腹下してるのに上から大量に水入れて、多分相当しんどいでしょうけどね」
え、えげつねぇー・・・・・
「それに泡吹いて倒れたヤツに仕込んだのも速効性の痺れ薬だし」
死にゃしないわと涼しい顔で言うが、だけど・・・とまた怒りを再沸させた。
「あー腹立つ!!なんなのよアイツら!あ〜!もっと殴ってやればよかった!!」
地団駄踏みながら悔しがるさんについ苦笑を零す。
「何もそんなに怒らなくても・・・」
いや、嬉しいけどさ。でもさんがそこまで怒る必要は・・・
そういう俺にキッと視線を投げると「分かってるわ!」と大声を上げた。
「分かってるわよ。あんなクソみたいな奴らの言葉になんて
オールブルーの夢は、サンジの夢はこれっぽっちも汚されたりしないって事くらい。
けどやっぱり許せないのよ!腹が立つの!
アイツらがへらへら笑ってバカにしていい理由なんて微塵もないんだから!」
そう一気にまくしたてると一息ついて呼吸を整え、ぐっと拳を握った。
「それに、もうサンジの夢は私の夢でもあるのよ」
「えっ・・・?」
驚く俺に、彼女はちょっと表情を和らげた。
「だって一流料理人が海の食材の宝庫に出会うのよ?こんな素敵な事ってないじゃない」
言った途端に彼女は驚くほど綺麗な笑顔を見せ、俺は息を呑んだ。
きらきらとしたその表情。楽しげに話すその言葉。
胸の奥から何かが湧き上がってくる。
どくんどくんと脈が波打つ。
「サンジの魔法みたいな手から、最高の海の幸を使った料理が次々に生み出されるの!楽しみで仕方がないわ」
でしょう?と無邪気に笑いかけてくるさん。
その瞬間。
俺の中の何かが
ぱちん、
と音を立てて弾けた。
胸の奥にある蕾がぶわっと一斉に開花するような感覚に圧倒される。
なんだこれ・・・彼女の周りだけが輝いて見える・・・。
世界が全部生まれ変わっちまったみてえだ。
極彩色の景色の中、俺の足元はふわふわとまるで雲の上でも歩いているようで。
鼓動だけが、いやに大きく耳に響く。
「・・・ンジ、サンジ?」
彼女の声にはっとして、ようやく我に返った。
「どうしたの、急にぼんやりして?」
「あ、あぁ…」
あ・・・れ・・・?
今まで彼女の前でどう振る舞ってたんだっけ?
どんな顔してたっけ?
なんであんなに普通に喋れてたんだ?
どうしたら良いのか・・・訳が分からねえ・・・
「おーい、大丈夫?」
「うん・・・さん・・・」
「ん?」
「・・・ありがとう」
どうにかこうにかそれだけ絞りだした俺に、彼女はとてもとても美しく微笑んだ。
俺はなんだか覚束ない足取りのままどうやって帰ったのかもよく覚えていないが
気付けばさんと船に戻ってきていた。
「あーもうっ、嫌ンなっちゃうわ!」
各々の集めてきた情報を話終えると、ナミさんが苛立たしげに頭を掻いた。
結局お宝伝説はデマだったらしい。
「昔ここの地層には見事な岩塩があって、それを宝石の様に讃えたらしいわ。
本来は薄いピンクのそれが、月の光に青白く照らされる様子はさながらダイヤモンドの様で
そこからブルーダイヤと村人達が呼んだらしいの。
そしてある時この島を訪れた海賊船のコックがその美しさに魅了されて『オールブルー』と名付けた。
これが伝説の真相と言う訳ね」
「まったく、無駄骨もいいトコだわっ」
「いや、お前ェが言いだしたんじゃねえかっ!」
「船番してて良かったぜ」
「ほんとね、ゾロは絶対迷子になるもの」
「お前ェなぁ!」
「サンジ飯ぃーーーーー!!」
「オデも腹減ったゾ・・・」
「はいはい、すぐ作るから待ってろ」
俺としちゃせめてその岩塩でも欲しかったとこだが、それもとっくの昔に無くなっちまったらしい。
っつーか、それどころじゃねえけど・・・。
今の俺は普通を装うのでいっぱいいっぱいだ。
さんの方もろくに見れねェ。
とにかく今は料理に集中だ・・・。
次の日の夕方、船は出航した。
大きく変化したこの気持ちを乗せたまま…。
その夜、俺は翌日の仕込みを終えると、真っ暗な甲板に出て煙草を吸った。
ぼーっと船縁に寄り掛かっていると、ふいに声をかけられ胸が跳ねた。
振り向くとそこにはさんが。
「何か用かい?」
「うん、ちょっとサンジに見てほしいものがあって」
「俺に?」
にっこり頷き船首の方へと向かう彼女に、胸中むちゃくちゃ動揺しながらついていく。
すると彼女は、何かを空に掲げた。
「え・・・?もしかしてそれ・・・」
「『オールブルー』よ」
彼女が月にかざした透明な小瓶の中には、小さな結晶が詰まっていた。
月の光に照らされたそれは、確かに青白く光って見える。
「まぁこんなゴツゴツの小石みたいなやつじゃ、ブルーダイヤって感じじゃないけどね」
「これ、どうしたの?」
「どうしても気になっちゃってね、まだどっかに残ってないかって島を探したの。
そしたら偶然村の小料理屋さんで持ってる人がいてね、お願いして分けてもらっちゃった」
はいっ、と俺の手に持たせる。
「え!?俺にくれるの?」
「もちろん。あ、小料理屋さんでそれ使った料理戴いたんだけど、すごく美味しかったよ」
夕方珍しく出航間際に戻ってきたさんは、汗だくで息を切らしていた。
これを探すために、一日中、走り回ってくれたんだろうか・・・?
俺の夢と同じ名前のこれを探すために・・・。
「あり・・・がとう。すっげー嬉しい・・・」
「良かったぁ。あ、お礼はそれを使ったサンジの手料理で良いよ」
なーんて、それじゃあ私のほうが得してるね、とさんは笑った。
じゃあおやすみなさい、と部屋へ戻る彼女を見届けると、俺は再び手の中の小瓶に目を向けた。
そしてまた月にかざしてみせる。きらきらと光るそれは、小瓶の中でカラカラと小さな音を立てた。
「・・・オールブルー・・・」
ねぇナミさん、この島で財宝は見つからなかったけど、俺はもっとすげーもんを見つけちまったよ。
いつの間にか芽吹いていたこの感情は
少しずつ膨れ上がり、俺を浸食していった。
いつもの嵐のように巻き起こる事故のようなそれとは全く違っていて
初めての感覚にずっと戸惑っていたけれど。
今日確信したんだ。
静かに、けれど激しくこの胸を締め付ける想い。
もう誤魔化すことなんて出来ない―――貴方への気持ち。
さん
俺は、貴方のことが好きだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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