「ウソップ、今日の見張り変わってもらえないかな?」

その日、さんは突然見張りを申し出た。
「おー、別に俺は構わねェが、どうしたんだ?」
「ちょっとね。今日はゆっくり星を見たいと思って」
それを聞いていたゾロがちらりとさんに視線を向けたが、何も言うことは無かった。
しかし何かを考えているようなその表情だけがやけに気にかかった。

深夜になっても何故かそんな昼間のやり取りが頭から離れず
なかなか寝付けなかった俺は、水でも飲むかとラウンジへ向かった。
ついでにさんに差し入れでも届けようかなんて思いながら歩いていたのだが
甲板に人の気配を感じて立ち止まった。
そこに居たのはさんとゾロだった。
ゾロはさんの肩を抱きかかえるようにして立っており、さんは俯き、顔を手で覆っていた。

さん・・・泣いてる・・・?

立ち入れないような雰囲気に、俺は声をかけることも出来ず
ただ呆然とその光景を前に立ち尽くしていた。


しかし翌日、二人ともそんな様子は微塵も見せずまるで何事も無かったかのようだった。


やっぱり、二人はそういう仲なのか・・・?

仲の良い二人を目にする度に感じてきたことだったが
昨夜の出来事はそれを決定的に示しているように思えてならなかった。

・・・だったとしたら、俺はどうだっていうんだ。

もやもやする気持ちを拭えず、俺は苛立ちの様なものすら感じ始めていた。





そんな消化不良の気持ちを抱えながら俺は夜のラウンジで一人煙草をくゆらせていた。
なんだってんだ、俺らしくもねぇ・・・
頭をガリガリ掻き毟り、そろそろ寝るかと立ち上がった時、ふいに来客が訪れた。

「あれ?サンジまだ起きてたの?」

当の本人であるさんの登場に一瞬焦ったが、すぐに持ち直す。
「ああ、ちょっと一服してたんだ。さんはどうしたの?」
「喉が渇いちゃったから、お水をもらいにきたの」
「そっか、じゃあ今準備するから座ってて?」
「いいよいいよ、自分でやるから」

コップを取るために棚に向かった俺の方へさんが近づいた。
胸が逸る・・・いっそのこと、ここで聞いてしまおうか?
コップを持ったまま動かなくなっちまった俺を、不思議そうな目が見上げた。

「サンジ・・・?」
「あのさ、さん・・・さんは・・・その、ゾロと付き合ってるの?」


「・・・・・・・・・・・・・は?」


すげェ意を決して言ったみたいになった俺とは対象的に
さんはきょとん、とした顔で気の抜けるような返事をしただけだった。
「えーと、だから、その・・・」
「私と?ゾロが?・・・付き合う?」
「違う、の?」
「何を言ってるかよく分かんないんだけど・・・っていうか、なんでそんな事聞くの?」

昨晩覗き見してましたというのはさすがに気まずくて、ちょっと躊躇した。

「実は、昨日の夜、見ちまったんだよね・・・その、さんとマリモが一緒にいるとこ」
さんは目を丸くすると、少し戸惑ったようにそうなんだ、と呟いた。
「ごめん、見るつもりじゃなかったんだけど、偶然通りかかっちまって」
「ううん、こっちこそ変なとこ見せちゃってごめんね?」

少し赤くなった顔を俯かせたが、すぐに不思議そうに俺を見返した。

「でも、それとさっきの質問と、どういう繋がりがあるの?」
「え?だってそりゃゾロがさんの肩抱くみてェな事してたし
 さんも泣いてて・・・なんか二人の世界みてェだったっつーか」
「???」
「男と女が夜中に二人きりであんな風にしてたら、普通そう考えるだろ?」
「男と女って・・・だって、ゾロは弟みたいなもんだよ?」
「実際は血の繋がりないんでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・そうかぁ、傍から見たらそう見えるんだ・・・」
「そりゃそうだよ。普段だってすげー仲良いし、てっきり付き合ってんだと・・・」
「えええ!?」

そんなに驚くことじゃねえと思うんだけど・・・。
でもさんは「そっかー」とか「へえ〜」とか言いながら仕切りに驚いている。
なんだか訊ねた俺がバカみたいになってきた。

「あー、なんか変なこと聞いちまったみたいで、ごめんよ?」
「え?あ、ううん・・・」

さんはなにやら考え込み始めちまった。
どうやら俺の思い違いらしいということは分かったが
やっぱり昨晩の事はよく分かんねえままだし、腑に落ちねェ。
けどこれ以上詮索するのも気が引けるし・・・。
とりあえず俺は水を準備するためにコップを持って冷蔵庫へ向かった。

「ねぇサンジ、やっぱりオーダー変更するわ。お水じゃなくてお酒に。
 出来たらサンジも付き合ってくれない?」
突然の申し出に驚き振り返ったが、彼女の笑顔を見て
それは話をしてくれるという合図だと気づき笑顔で応じた。



ワインを出して二人でグラスを交わすと
さんは一口含んで、一呼吸置いてからゆっくりと話し始めた。

「昨日はね、妹の命日だったの」

思いもよらない告白に、俺は少し驚いた。

「・・・妹さん、亡くなったのかい?」
「うん、幼い頃にね。ゾロから聞いたことないかしら?
 あの子が大剣豪になるって誓った友達の話。それは私の妹の事なの」
「そう言えば、そんなことを・・・」
言っていたかもしれない。

「うちの両親はね、妹が生まれたばかりの頃に離婚してしまって、私は母に、妹は父に引き取られたの。
 そして私が母と暮らし始めた家の隣がゾロの家だった。
 ゾロ生まれたばかりの時はすっごく可愛くてね
 私の後を『ねーたん、ねーたん』って言ってついて回ったりして」
「・・・想像できねー」
っつーかしたくねー・・・
「あはは!でしょー?今、全っ然可愛くないもんねぇ」
なんであんな風になっちゃったのかしら?とさんがぼやく。

「でも言葉を話せるようになった頃にはもう剣を持ち始めてね、みるみるうちに強くなったの。
 だけどそのうち調子こき始めて、何を思ったのか道場やぶり始めちゃって・・・」
「・・・頭おかしいんじゃねェの?」
「ふふっ、そうよね。まだ十にも満たない子供だったのに。でね?その時行ったのが、父が師範を務める道場だったの」
さんのお父様の!?あンのクソ野郎オロしてやる!!」
「まぁ、待って。父はね、くいな・・・私の妹にそのゾロの相手をさせたの。そしてゾロはあえなく玉砕」
「へぇー、妹さん強かったんだ?」
「うん、すっごく強かった!それにすっごく可愛かったわ」
さんの妹だしねー」
超会いたかったぜ。

「えへへ、まぁゾロだって既に大人相手でも勝てるくらい強かったんだけどね。
 くいなにだけはどうしても敵わなくって。で、むちゃくちゃ悔しがって、それ以来父の道場で剣術を習い始めたの。
 そしてことあるごとにくいなに勝負を挑んだんだけど、結果は惨敗」
「すげーなぁ、くいなちゃん」
「うん。でもね、くいなは世界一になりたいって夢をもっていたんだけど
 父から女の子じゃなれないって言われて、その頃すごく葛藤していたの。
 だけどそれを払拭したのが、ゾロだった」
「あいつが?」
「そう。くいなに『男とか女とか関係ねぇ!俺とお前のどちらかが世界一の剣豪になる!どっちが先になれるか競争だ!』
 って約束をしてね。私はその日たまたま父の家に遊びに行っていて
 その晩くいなが吹っ切れた顔で嬉しそうに話してくれたのを、今でも覚えてるわ・・・」

ふ、と。一つの考えが頭を過ぎった。
これまで女性相手でも平気で剣を上げるようなクソマリモの気が知れなかった。
もちろん今でもそれは俺にとって許せねェ事には代わりねえけど
男女関係無く立ち向かっていく姿勢は、アイツにとっての誠意なのかもしれない、と。


「だけどね、くいなはその翌日に、死んでしまったの。事故で、本当にあっけなく・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「それでゾロは、約束を果たす為に『世界一の剣豪』を目指す事を誓ったの。
 くいなのいる天国までその名が轟くように・・・って」
「そうだったんだ・・・」

さんは昨日くいなちゃんの事を思って泣いていたんだ。
そしてゾロも、きっとその想いを共有しながら傍らにいたんだろう。

「だからね、私はくいなの分まで・・・ゾロが夢を叶える所を見届けたいの」

さんがこの船に来た時に話してくれた『夢を叶えられたかった大切な人の代わり』と言う言葉を思い出した。

「まぁ、みんなに話したときはあの子の手前、刀を届けるのがメインみたいな言い方したけど
 本当はルフィの言っていた通り、ゾロが大剣豪になる姿を見るのが・・・私の夢なのよ」
「・・・うん、それはなんとなく分かってたよ」
「ふふふっ、姉バカでしょう?
 だからね、もともと弟同然に可愛がってたっていうのももちろんなんだけど
 きっと私は・・・くいなの姿を、あの子に重ねているのね・・・。くいなの夢を背負ってくれているって気持ちもあるし。
 だから・・・ゾロは私にとって、本物の家族、本当の弟と変わらない存在なの」
「そっ・・・か。なんか、色々話させちまって、ごめんね?」
「ううん、私も話せて良かった。聞いてくれてありがとう」

柔らかく微笑んでくれた彼女は、やっぱりどうしようもなく綺麗だった。



さんと俺がグラスを傾けていると、戸口でカタリと音がした。

「ゾロ!いつからそこに?」
「・・・酒取りに来ただけだ・・・」
「やーねぇ、立ち聞き?趣味悪いんじゃない?」
「うるせえな、お前ェこそアホコック相手に変な話してんじゃねえよ」
「あンだと、この盗み聞きマリモ!」
「あァ!?叩っ切るぞ変態コック!」
「・・・二人って本当に仲いいねぇ」
「「よくなんかねェ(ないです)!!」」
「あはははははっ!ほら息ぴったりじゃないっ」
「「〜〜〜〜!!」」

見事にハモっちまってさらに睨み合う俺達に、笑い転げるさん。

「チッ、胸クソ悪ィ」
「あ!おい、テメェそれさんのワインじゃねーか!
 っつーか、何ちゃっかりさんの隣に座ってんだよ!離れろ!」
「騒ぐな、ぐるぐる眉毛」
「カッチーンッ!もっぺん言ってみろ筋肉腹巻!!」
「何度でも言ってやるよ、このダーツ眉毛!!」
「ミンチにすンぞ、サボテン頭!!」
「・・・・・・っ!もうダメッ、笑いすぎて腹筋痛っ・・・!!」

大笑いするさんに毒気を抜かれ、俺らはケッと顔を背けたまま席についた。
こんなクソマリモと一緒に笑われたのは心底不本意だがやっぱり楽しそうにしているさんを見ると嬉しくなる。


そして、胸が苦しくなる。


この二人の関係性を知って少しは気持ちが晴れるかと思ったのに
俺の胸は相変わらず正体不明の想いを燻ぶらせていた。

だがしかし、変化はあった。
さんがゾロを恋愛対象として見ていないことに、間違いなく安堵している俺がいた。
嬉しさすら感じていた。
けれど同時にそんな自分に戸惑っていた。
自分で自分の事が分からないなんてと困惑しつつ、胸の奥底で何かが芽吹きはじめたような気がした。


目の前で緑頭の剣士と楽しげにワインを飲むさんを見ながら
その正体に気づく日が来るのは、そう遠くない未来である予感がした。








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