paille


 われのおさま−


下卑た笑いを浮べる大男が私のアゴに手をかけてくいっと上を向かせた。

「クククッ、なかなかの上玉だなァ・・・」

コイツの生贄予定らしい私はひらひらした豪華なドレスに身を包まれ手首にはそれに不釣合いな手錠が掛けられている。
男の手にはギラギラと鈍い光りを放つ物騒な刃物が握られていた。

こんな状況なのに私の気分は不思議なほど落ち着いている。

ここは高い塔の上。目の前には分かりやすい悪役。さしずめ私は囚われたお姫さま?
うん、きっと彼ならこういうシチュエーション嫌いじゃないわ、なんて冗談めいた考えが頭を過ぎり
つい笑みが零れてしまうくらい余裕がある。

そんな私に男は顔を顰めてみせた。
「何を笑っている。誰も助けになんか来ねェぞ。お前の仲間なら俺の一万人の部下が相手しているからな」
「あらそれは大変、やられちゃうわね」


―――あなたの部下が・・・



そう口にする前に、野太い悲鳴が部屋の外から聞こえてきた。

来た!

そう思うより早く扉が轟音と共に蹴り破られた。
その人を確認してつい口元が緩む。


「サンジ!」
「誰だお前は!?」

男は私の体を引き寄せて怒鳴る。


「汚ったねェ手で俺の愛しいプリンセスに触ってんじゃねェよ、このクソ野郎」


しかめっ面のまま緩慢な動作で煙草に火を点けると鋭い青が男を睨んだ。

「ハッ、馬鹿め。丸腰のお前ごときに何が出来る!野郎共かかれっ!」

男の安っぽいセリフと共に数人の兵士達が一気に飛び掛かった。

サンジは微塵も焦りを見せずに足先をトントンとリズムを取るように鳴らして軸足に力を込める。
料理人の神聖な手はポケットに突っ込んだまま。
お前ェらごときに使う必要なんかねえとまるで不精するみたいに。
慇懃無礼な態度の彼を見て場違いな笑みが込み上げる。

しなった脚に数人が吹っ飛ばされる。
ストン、と着地した足音はどこまでも軽い。
怯みながらも次々に飛び掛っていく兵士達に黒脚が舞って血を吐かせる。
格の違いは歴然。それにも関わらず相手のレベル以上に力んだそれは、きっと私が捕虜のせい。
そんな自惚れめいた考えについ顔がにやけてしまう。

考えればサンジが戦っている時にここまで完全な傍観者でいられる機会って滅多にない。
うっとりとしてしまうのはその華麗な戦いっぷりのせいか、はたまた私の為に!という酔ったシチュエーションのせいか。

・・・ごめん、私楽しんじゃってます。

戦ってくれているサンジにか、無残に倒れていく兵士達にか、もしくはその両方にこっそり心で謝罪した。



ご自慢の部下達があっさりと薙ぎ倒されて、焦った大男は私を腕で絞めるようにして反対の手で剣を首に突きつけた。
咄嗟に悲鳴が出たけれど頭の中では、あ、結構可愛く叫べたな、なんてどこまでも暢気なことを考えていた。


「こ、この女がどうなってもいいのか!?」


あーぁ、止めときゃいいのに。彼はこういうのでヒートアップするクチなんだから。
ほら見なさい、目ェ据わっちゃったじゃない。馬鹿ねぇ。
青い瞳の奥に怒りの火が灯る。炎は青いほどに温度が高いのだということをコイツは知らないのかしら?


サンジが動き出した瞬間私は目を瞑る。
目で追っちゃいけない。早すぎて反応が遅れるから。

革靴が助走をつけて地面を思い切り蹴る。両手で床を押し上げて体を捻る。黒いスーツが高らかに飛び上がる。
それは全部一瞬のこと。
神経を研ぎ澄ませてタイミングに合わせ、私は不自由な手を使い男の腕を渾身の力で押し返した。

腕からすり抜けて目を開けば、視界に飛び込んできたのは男の顔面にめり込む真っ直ぐ揃えられた黒い脚。
ガタイのいい男は気持ちいいほどぶっ飛ぶと盛大な音と共に壁に突っ込んで伸びた。


お見事。 私はにんまりと笑って拍手でもしたい気分になった。

私は男のところへと向かうとその胸元から手錠の鍵を抜き出した。そしてこっそり呟く。
「ごめんねぇ、私のダーリン王子様なのよ」
だからこの展開で助けに来ない訳ないの。お分かり頂けたかしら?
なんてもうとっくに気を失っている男にウインクして見せた。


サンジの許へと駆け寄るとさっきとは打って変わった優しい微笑みで迎えてくれた。


「お怪我はございませんかプリンセス?」
「うん、平気よ。あ、これ外してくれる?」


自分じゃやりづらくてサンジに鍵を渡すと手錠の掛かった手首を差し出した。
あぁ、と返事をしたサンジだったが、ふと、何かを考えるような素振りをするとげしげと私の格好を見つめた。

「・・・サンジ?」
不思議に思っていると、その表情に何かを企むような妖しい笑みが浮かんだ。

手錠のついたままの腕を持ち上げて、その中にするりと自分の体を入れると
私の頬に手を滑らせて甘ったるい眼差しを向ける。

こらこらこらこら、な〜にイイ雰囲気作っちゃってんの?


「私は鍵を外してくれって言ったんだけど?」
「いやー、それがさんの格好見てたら気分が盛り上がっちゃって・・・。
 クソ可愛い格好してる上に手錠だなんて、こんな楽しいシチュエーション逃す手はないでしょ?」

いや、別にサンジを楽しませるためにこんな格好してる訳じゃあ・・・


そんな私の抗議は甘い口づけによって封じられてしまった。
何度も何度も繰り返される甘いそれは次第に熱を帯びる。

「・・・やべェな、ちょっと本気で火ィついてきた」
「はァ!?何言って・・・!?」


焦る私を他所にサンジは妖艶な笑みを浮べる。


「そういやここに辿り着く前に天蓋つきの豪華なベットがある部屋見つけたっけなァ・・・」


にやりと笑うサンジに硬直すると、まだ手錠が掛かったままの腕をその首にまわして
軽々と私をお姫さま抱っこで持ち上げた。


「こらっ!何考えてんの!?みんなだって待ってんでしょ?」
「へーきへーきッ。あ〜俺なんかクソ楽しくなってきちゃったなァ〜」


ハートの煙を吐きながらウキウキと歩き出すサンジに私は為す術もなく連行された。



・・・助け出されたハズなのに結局また囚われの身?







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 戦う前に靴先をトントンってやる姿がすき