−正しい甘え方−
はラウンジで頭を抱えて唸っていた。
「甘える・・・?甘え・・・甘える・・・」
うわ言のように呟きながら悩んでいる彼女を横目で見つつ
サンジは口元に笑みを湛えて紅茶の準備をしていた。
事の発端は昨晩のこと。
倉庫からチェス板を見つけたがサンジにやろうと持ち掛けた。
何度か対戦してみて、結果は五分五分。
そろそろ終わろうかという時、サンジが賭けを提案した。
「この勝負で負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞くって言うのはどう?」
も面白がってその賭けにのると
サンジは今までの勝負が嘘のようにあっさりと勝った。
なんだか腑に落ちない・・・これまで手を抜いていたんじゃないか
などと訝しむ彼女を余所に、サンジは会心の笑みを浮べた。
もし無理難題を突きつけてきたら講義してやろうと目論んでいたが
サンジが要求してきたものは予想外の事だった。
『俺に思いっきり甘えること』
きょとんとするに、サンジはじゃあ実行は明日ねと嬉しそうに告げた。
そんな訳では『甘える』について悩んでいたのだが―――
・・・甘える?甘えるって・・・何をどうすれば・・・?
そんなに難しいことじゃないと思ったのだが
実際にさぁ甘えなさいと言われると身動きが取れなくなってしまった。
具体的に何をどうしたら良いのか。
サンジはどう“甘え”たら満足してくれるのか。
などと余計な事まで考え始め、益々頭はこんがらがっていった。
・・・ワガママを言うとか?
でも例えば愛の言葉を囁いて欲しいだとか、優しくして欲しいだとか
そんなのは普段から貰いすぎるほど貰っている。
むしろ貰いすぎて若干押し返しているくらいだ。
何かをして欲しいったって、そもそも最初からサンジは
毎日、毎食美味しい料理を作ってくれるし
絶品のスイーツまで提供してくれている。
気が利く彼はして欲しいことなどこちらから要求する前に
気づいて当たり前のことのようにそれをしてくれるのだ。
そんな事を考えていたは、ふと、あることに気づいた。
私って、もしかしなくても、ものすごく恵まれているんじゃ・・・?
世の女性たちは、恋人に対して言葉が足りないだとか
もっと愛情を注いで欲しいだとか
そういった事に悩んだり不満を抱いたりしているのだ。
自分だって以前付き合った男性にそういった気持ちを抱いて
不安に苛まれたりした経験もある。
それに引き換えサンジは
これでもかという程に好きだという気持ちを自分に示してくれる。
確かにフェミニストな人柄から他の女性にも甘い言葉を吐いたりもするけれど
付き合い始めてからはそういった事も減ったし
自分が特別なのだという事ははっきりと態度で分からせてくれる。
毎日のようにそんな愛情を与えられて
その特別さに慣れを感じ始めていたけれど
改めて考えればこれはなんて贅沢なことだろう。
それなら、私はそれに応えられてる・・・?
正直照れもあってあまり言葉には出していない。
態度だって、きっと足りないからこそサンジは自分に
『甘えて欲しい』と要求したのだ。
それでも許してくれるサンジの優しさに私は胡坐をかいていたんだ。
それこそ『甘え』ていたのだ。
でもそれは、よくない『甘え』方だ・・・。
さっきまで唸り続けていたが
今度は何やら落ち込み始めてしまい、サンジは首を傾げた。
彼女の前に紅茶を置いてみたが気づく気配すらない。
その正面に腰掛けて煙草に火をつけた。
そんなに難しいことは言ってないつもりだったんだけどなぁ。
そう思ってサンジは苦笑を零す。
姉御肌の頑張り屋で、すぐに一人でなんでもかんでも背負い込んでしまう彼女。
だからたまには自分に甘えて欲しいと思っただけなんだけど・・・。
以前彼女は自分のことを甘えるのがヘタだと言ったが
彼女の方こそよっぽど甘えベタだと思う。
やれやれと思いながら呼びかけようとした時
ふいに彼女が顔を上げた。
「サンジ・・・」
「うん?」
何か思いついたのだろうかとサンジは微笑みかける。
「・・・好きよ」
思ってもみなかった言葉にサンジは目を丸くして固まった。
まじまじと見つめられて段々居た堪れなくなってきたのか
は徐々に頬を赤く染めて俯いた。
そんな彼女を見て、サンジの方も段々顔が熱くなっていく。
ふいに長くなった煙草の灰が落ちた。
「うわっちッ・・・!」
落ちたそれを払い退けてサンジは手を振った。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫、大丈夫・・・・・あー、俺クソかっこ悪ィ・・・」
ぼそっと呟いて頭をがりがり掻くサンジにはくすりと笑いかける。
「えーっと・・・クソ嬉しいんだけど、どういう脈絡でそう・・・?」
「ん?あー、いや、なんかいつも言葉が足りてなかったかなぁと思ってさ」
赤い顔のまま尋ねてくるサンジに、はへへっと笑い返した。
あまり答えにはなっていないのだが
可愛らしい様子の彼女を見ているとそんなことはどうでもよくなってしまった。
ぽりぽりと赤くなった頬を掻きながら、そっかと呟く。
するとまた、うん、と返事をしては花のように笑った。
その笑顔につられてサンジも破顔する。
「俺も好きだよ」
甘い笑顔でそう言われて、の顔は再び熱を持つ。
紅茶でそれを隠しながら、結局また自分が貰ってしまったと
困ったように、でもとても満たされながらそう思った。
当初の目的とは変わってしまったが
それでも幸せなのでまぁいいやと、元の話はそのまま流れていった。
・・・が、しかし。
その日の昼食後。
がラウンジから出ると、満腹になったゾロが
ぐーぐーと鼾を掻きながら大の字で寝転がっていた。
それを見つけたは、何かを思いついたようににっと笑って
つつつっと近づくと腹巻の上に頭をのせた。
腹に重みを感じたゾロが片目を薄く開ける。
「・・・なにしてんだ、」
「んふふー、膝枕ならぬ腹枕」
「アホか」
「だってゾロのお腹で寝るの気持ちいいんだもん」
「重いっつの」
「いいじゃん、ケチケチしないでよ」
「ったく、しょうがねーなぁ」
口調とは裏腹に満更でもない表情を浮べたゾロは
片手を頭の下に入れると、反対の手での頭をわしわしと撫ぜた。
はご機嫌な様子で気持ち良さそうに目を瞑り
ゾロも両手を組んで枕にすると、そのまま眠りについた。
そんな様子をラウンジから見ていたコックが一人。
手に持っている皿にはぴしりと亀裂が入っている。
「・・・どぅわーから、それを『甘える』っつーんだっての!」
全くあの人は恋人には甘えベタのクセに
弟には打って変わって甘え上手になる。
どうやらブラコンな彼女から弟以上に『甘え』てもらう道のりは
まだまだ遠そうだと、サンジはがっくりと肩を落として溜息を吐いた。
とりあえずは、我が物顔で彼女の甘えを独占している
クソ剣士のその面を踏みつけに行こうと心に決め
コックはラウンジから出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・