−紳士は跪いて愛を乞う−
クルー達が寝静まった頃、一人船首で海を眺める彼女を見つけてそっと近づく。
「美しい月夜をご一緒させていただいてもよろしいですか、レディー?」
少し驚いたように振り返ったさんは、柔らかな微笑を向けてくれた。
春海域とはいえさすがに夜は冷える。
そっとその華奢な肩にジャケットを掛けると遠慮するような素振りを見せが
笑顔で促せばありがとうとはにかみながら受取ってくれた。
月光に照らし出されるその横顔は神秘的なほどに美しく
このレディーの前じゃ夜空に瞬く星達さえも恥じらいをみせるように光を放つ。
月の光はその美しさを讃えるかのように優しく染め上げて。
俺はその儚い美しさにただただ見蕩れた。
なんだか神聖な気持ちすら沸き起こっちまう。
「満月があまりにも綺麗だったから、なんだか寝ちゃうのもったいなくて」
「月より貴女の方がよっぽど綺麗ですよ?」
「随分ベタな口説き文句ね」
「あれ、口説かれてくれるんですか?」
「んもう、サンジ君ってば!」
ころころと笑って叱る彼女に俺も笑顔を返す。
けど言ってることは嘘偽りない本心だ。
貴女を前にすると陳腐なセリフしか出てこない自分にほとほと嫌気が差す。
「月が海面に道筋を作ってる。光の橋みたいね。なんだか渡れそう・・・」
「だからって飛び込まないでくださいよ?」
「飛び込んだら助けてくれるんでしょう?」
「もちろん。けどもしそれでさんが風邪なんか引いちまった日にゃ、俺心配でおかしくなっちまうからどうかご勘弁を」
「ふふふっ、やっぱりサンジ君は紳士で優しいわ」
優しく目を細められて胸が苦しくなる。
・・・あぁ、本当に俺はどうかしてるんだ。
彼女の髪をなびかせる潮風や、その美しさを照らす月明かりにすら嫉妬するだなんて。
「サンジ君どうしたの?なんだか辛そうな顔してる・・・」
「・・・なんだかさんが月に攫われていっちまいそうな気がして」
「どっかの御伽噺みたいに?」
「そう、御伽噺のお姫さまみたいに。月の使者に連れてかれやしないかと心配になっちまった」
「ふふふっ、私はどこにも行ったりしないわよ」
本当に?本当にどこにも行ったりしない?
なら誓ってくれないか、月の使者にも俺以外の野郎にも絶対攫われたりしないと・・・。
心の水面がざわつき、貴女という波紋が広がる。
気づけばこの腕にさんを閉じ込めていた。
あぁそういえば満月は人を狂わすんだったっけと頭の片隅で思い出す。
その髪に顔を埋めれば、甘く香りたつパフュームに眩暈がした。
少しだけ腕を緩めて至近距離で見つめれば、その目は驚きと困惑と切なさに揺れていた。
すい、と逸らされたそれにどうしようもなく胸が痛む。
「お願いだ、どうかその瞳をそらさないで・・・」
頼むから・・・と懇願するように呟けば、わずかに潤みを益した瞳に情けないくらい必死な俺の顔が映った。
どうすれば伝わる?一時の気の迷いやその場の勢いなんかじゃないと・・・
固く結ばれた艶やかな唇が震え、宝石のような涙が頬を伝った。
それが俺の中の何かを決壊させた。
「ごめんさん、今夜はもう紳士でいられそうにねえや・・・」
奪うようにキスをする。
その形のいい唇に舌を割り入れ絡め取るようにすれば、苦しげな声が口端から洩れる。
それにいっそう煽り立てられて、何度も角度を変えて深く深く貪るように繰り返す。
襲うような行為とは裏腹に、心の中では乞うように跪いていた。
愛しい人、どうか共に堕ちてはくれないかと・・・
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