−きっとその名は愛の歌−
クソ面白くねェ。
目の前でご機嫌な様子の恋人に、コックは舌の上を滑る煙草の味よりも苦々しく思った。愛しの彼女は新しいクルーにご執心。正確にはそのクルーの“音色に”だが。
「バイオリンの音っていいよねぇ。すごく好き」
好きだなんて言葉、自分以外に使わないで欲しい。傲慢過ぎる我侭だなんて百も承知でそう思う。思わずにいられない。
「いいなぁ・・・私にもあんな才能があれば良かったのに」
ほうっと、まるで恋でもしているかのようにうっとりと告げる表情が益々面白くない。随分まあ分かり易い嫉妬だ。
自分だって他の人間には出来ない方法で彼女を喜ばせる術はもっている。
人にはそれぞれ特性があり、出来ることと出来ないことがあるのだということも分かっている。
それでもやっぱり、目の前のこの愛しい人を、喜ばせるのも酔わせるのも満たすのも自分だけでありたいと不可能を願ってしまうのはやはりこの人に恋しているが故。
最後の皿を拭き終えて対面式キッチンから彼女の許へと歩み寄る。灰皿に煙草をねじ込むと、無言のまま手を引いて立ち上がらせこの胸に閉じ込めた。
驚いたように目を瞠った彼女だったが大人しくその腕に納まっている。自分には許可を得ずとも彼女を抱きしめる権利があり、彼女もまたそれを受け入れるのは自分を想ってくれているから。
そんなことが堪らなく嬉しくて、ああ、俺はやっぱりこの人にどうしようもなく惚れているのだと実感した。
「サンジ?・・・焼きもち?」「・・・少しだけ」
「ふふっ、そっか」
「・・・嘘。本当はクソ焼いてた」
「あははははっ!素直〜」
クスクスと笑う彼女につい口を尖らせる自分はやっぱりガキだと思うけれど
こんな風に素直に認められるようになったあたりは多少成長したのだと思う。
少し腕を緩めれば見上げてくる顔はとても優しく愛おしく可愛らしく。
この微笑を向けられればきっと自分はどんなことも許してしまうのだろうと口許を緩めた。
先ほどまで抱えていた子供染みた感情など綺麗さっぱりどこかへ飛んでいってしまった。
この人が自分に与える影響力の凄さにはほとほと参らされるばかりだ。
好きだという気持ちを隠すことなく伝える表情はどこまでも柔らかくて唇に弧を描いたままこの愛しき人の瞼にそっとキスをした。
そうすれば彼女はくすぐったそうに身を捩るから、逃すまいと腕に力を込める。
あぁ・・・好きだなぁ・・・
幸福なため息を吐きたくなる程にしみじみとそれをかみ締める。なんでこんなに好きなんだろう?本当にあきれる程に好きだ。
ふいに先ほどの彼女の言葉が思い出された。
「確かに・・・俺も音楽を生み出す才能があれば良かったかもしれない」
そうすればこの胸に溢れる旋律をこの世に生み出すことが出来る。この人への想いを曲にした日にゃ歴史に残る大傑作が生まれたことだろう。
それを聴くことが出来ないなんて人類にとって実に大きな損害だと思う。
彼女への自分の想いはそれほどに壮大だから。
けれどそんなことは出来ないから。音にする変わりに口づけを。人類にではなくたった一人の愛しい人へ。
「さぁプリンセス、今宵も俺と愛を奏でていただけませんか?」
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バイオリンの音色が大好きですv