−運命のタズラ−


つり革に掴まりながら電車の揺れに身を逆らわせる。
ちらりと隣に視線を向ければ、そこには意中の彼女が同じように立っていた。
こんな至近距離ははじめてでさっきから心臓がうるさい。
片手で器用に本を持ち、それを眺める横顔は端正で涼やか。
ふいに甘い香りが鼻腔をくすぐってどきりとした。
シャンプーの匂い・・・?
・・・マズイ、俺周りに変に思われてねーかな。
なんかさっきから顔が熱い気がすンだけど。

ばくばくと心臓を鳴らしながら
彼女が夢中で読んでいる本がどんなものなのか気になって
ちらり横目で見やるとページの左上に小さくタイトルが見えた。
それは普段の俺にはまったく縁のない
いわゆる純文学と呼ばれるものだった。

そう、全く縁のないもの。
なのに・・・
なんだって俺は本屋でそれを買っちまったんだろうか?




 

「で、その後“電車の君”とはどうなのよ?」
「変な名前つけンなよウソップ。どーもしねェよ」
「なんだよ進展ナシか?だらしねーなァ」
「マリモが人間様の純愛に口出すんじゃねー!」
「なーんだ、やっぱり好きなんじゃねェか」

にししっと笑うルフィにぐっと言葉を詰まらせた。

「っあぁそーだよ!好きだよ!悪ィか?もう辛抱たまらんくらい好きだね!
 ちゅーして抱きしめて押し倒して全身撫で回したいくらい大好きだ!」
「・・・お前それでよく純愛とか言うな」
「っるせーな、健全な男子校生なんてな毎日が性欲との戦いなんだよっ」
「へー、適当なオンナ捕まえて発散するのも止めたのか」

マリモが若干驚きの色を表し器用に片眉を上げた。
人聞きの悪ィこと言うんじゃねーよ。
俺はそれをケッと一蹴してそっぽを向いた。


だってしょうがねェじゃねーか。
彼女に心を奪われてからというもの他の子に興味がなくなっちまったんだ。
俺は多分遊びなれている方だと思うし、口説くのにも自信はあるから
あまり女の子に不自由したことはない。
女の子は可愛いし柔らかいし良い匂いがするし大好きだ。
俺にとっちゃ生きがいみてェなもんかもしれねェ。
それは今も変わってないはずなのに。
何故か今はあまり魅力を感じないんだ。
君以外の女の子には・・・。




かったるい授業も終えて、帰りの電車に乗り込むと
俺は今日買ったばかりの小説を開いてみた。
小さい字の羅列を見ると頭が痛くなるし
これが教科書なら3秒で健やかに眠りにつく自信があるんだけど。
君がどんなものを読んでいるんだろうという好奇心がそれを上回った。

一駅着いてまた電車が走り出した時、ふと、顔を上げると・・・。

―――ドアの側に彼女が立っていた。

なんで・・・・ッ!?

見つけて思わず飛び上がりそうになる。
朝しか会えなかった彼女がそこにいる。
冷静に考えればいつも彼女が降りていくそこから
彼女が乗ってきたっておかしくないんだ。
でも帰りが一緒になったのは初めてのことで
いやに俺は緊張した。
文庫本を開いたままそれの陰に隠れて彼女を盗み見る。
・・・本って案外使えンな。


願ってもない状況に夢中になっていると
「サンジじゃねーかっ」
突然声を掛けられて胸が跳ねた。

「ルフィ!・・・と、エース!?」
「おう、久しぶりだな!偶然さっきルフィと会ってよ。だけどまさかサンジまで同じ電車だったとはな」
ルフィの兄、エースがにかっと笑う。
「あ、あぁ・・・びっくりしたぜ・・・」
「なんだー?お前ェ本なんか読んでんのか?珍しーなァ」
ルフィの言葉に内心ぎくりとする。
「ま、まぁたまにはな・・・」
「へぇ、こんなの読むとは意外だな」
本を覗き込んだエースが何故かにやりと笑った。

「サンジの本っつったら、写真が中心のやつしか思いつかねーしなァ」
「ぎゃははっ、女ばっかのやつな」
「そうそう、ビニールとかに入ってるやつ」

こっ、こいつら・・・っ!彼女の前でなんつーことを!聞こえたらどーすんだよ!!
そんな俺の心の声にも気づかずにげらげら笑いながら話し続ける。

「袋とじとかついてるやつだろ?」
「コンビニの本棚で端っこに・・・」
盛り上がって大声になっていくこいつらに、周りの乗客がクスクス笑いをもらす。
「〜〜〜っお前ェらいい加減にしろよっ!」
「なーんだよ、ンな怒るなって」
クソ腹立つッ!と苛立ちを露わにしながら顔を背けると
一瞬彼女と目が合った。
しかし、すぐにそれは逸らされてしまった。

 

・・・・・お、終わっ・・・た・・・・



「おーい、サンジー?何落ち込んでんだー?」
っ誰のせいだと思って・・・!
「つか俺腹へってよー、サンジうち来てなんか作ってくんねェ?」
「おっ良いなぁ、俺も久々にサンジのメシ食いてェし!」
ふざけんなーっ!と、怒鳴り散らしてやりたい気分だったが
このままいくと彼女と同じ駅で降りる事になるはず。
こんな醜態さらしといてこれ以上同じ空間にいるのは辛ェ。
ならいっそ、コイツらの家に行って
二人まとめてシメてやった方が気も晴れるってもんだ。

おう、とやる気のない返事をすると二人は人の気も知らずにはしゃいだ。
俺がいつも乗り換えるその駅に着き、彼女が降りていくのを見送る。
あーあ、行っちまった・・・。

落ち込む俺をよそに、ふいにエースがご機嫌に言い放った。
「今降りてった子可愛かったな〜」
ぴくっとそれに反応すると、思い切りエースの胸倉を掴んだ。
「・・・テメェら、三枚に下ろしてやっから覚悟しとけよ」
「うわっ、なんだよいきなり!」
「やかましいっ!俺の青春を返せー!」
ぎゃんぎゃん騒ぐ俺たちを周りの乗客が呆れた目で見ていた。



 

翌日、俺は久しぶりに寝坊した。
今日は金曜日で、今日を逃せばまた月曜まで彼女に会えなくなるっていうのに。
でも今顔合わせるのは気まずいしな・・・。
まぁ向こうはなんとも思っちゃいねんだろうけど。

ぼーっとした頭でそんなことをぐだぐだ考えていた俺だったが
昼を過ぎた頃には徐々に後悔し始めていた。
やっぱり会いてーなぁ・・・なんで今朝寝坊しちまったんだよ。
俺のバカヤロウ。
一日中机に突っ伏して、クソ教師共に教科書で殴られたりしながら
最低な気分で一日を終えた俺はさっさと帰路についた。



電車の中で再びあの本を開いてみるものの・・・
あー・・・眠ィー・・・・・・
昨晩は結局あまり眠れず、授業中に半端な睡眠を取ったせいでますます眠気が増しちまった。
電車の心地よい揺れがそれに追い討ちをかける。
金曜の早い時間というせいか、電車は珍しく空いていた。
ここで寝ると寝過ごしちまいそうだと思ったが、睡魔に勝てず俺は夢の世界に落ちていった。



ガタンガタンというBGMが子守唄に聞こえる。

 

―――すっげーキモチイイ・・・

―――温けーし・・・柔らけーし・・・

―――良いニオイ・・・

 

・・・良いニオイ?

ふっと覚醒した俺はうっすらと瞼をあけて状況を把握する。

・・・・・・・・・俺、誰かの肩に凭れてねぇ?
・・・っつか、この香りにはなんか覚えが・・・


がばっ!と音がするほど勢いよく起き上がる。
そこには見間違えるはずも無い彼女の姿があった。
彼女と目が合い、パニクる俺。
「えっ!?えっと、あーあの、俺・・・スイマセン!」
「あ、いいんです。気にしないでください」
俺の焦り具合に驚いたようだが、彼女はふわりと笑ってそう答えた。
うわっ、はじめて声聞いた!クソ可愛いな・・・
っつーか会話しちゃったよオイッ!

ばくばくと心臓を鳴らす俺をよそに
彼女がふいに屈んで床に手を伸ばした。
そこでようやく俺は本を落としたことに気づく。
彼女の手には二冊本があり、どうやら俺が飛び起きた弾みで
彼女の本まで落としちまったらしい。

「あ、す、すみません・・・」
あたふたして謝ると、彼女はまたにっこり笑った。
それに見蕩れながら、俺は一冊を受取る。
電車が駅に着くと彼女が立ち上がった。
「それじゃあ私はこれで・・・」
ぺこりと軽く会釈して彼女はドアから出て行った。
俺も軽く頭を下げてから、呆然とその後姿を見送った。


うわー・・・うわー!うわーっ!
ついに話しちまった!っつか彼女の肩で寝ちまったよ!
あああぁぁぁ・・・・っ!
キャパオーバーでひたすらテンパる俺。

そこでようやく大事なことに気づいた。
・・・ここどこだ?
外の風景をきょろきょろと眺める。
どうやら彼女はいつもと違う駅で降りたらしかった。
アナウンスが流れ、俺の降りる駅名を告げる。
次ったって、なんかいつもと景色が違うし・・・やけに暗い・・・


俺ははた、と気づく。
進行方向逆じゃねぇ・・・?
ばっ、と腕時計を見ると、ありえんくらいの時間が経っていた。
これは・・・もしかして・・・
終点までいって折り返してきたのか!?

まさか・・・彼女はずっとそれに付き合ってくれていたのか!?
俺が肩で寝ちまったから、降りられずに・・・?
うっわぁーーーーーーー!!最低だ俺っ!

もちろん彼女がいつもと違う駅から乗ってきた可能性もあるが
普通に考えりゃいつも通りの駅で乗ってきて、俺の隣に座って
そこで俺が寄っ掛かっちまってそのまま・・・って考えるのが自然だ。
うわぁー・・・どうすりゃいいんだ・・・!?
もう合わす顔がねーよ・・・
あーでもずっと肩貸しててくれてたなんてクソ優しい子だなぁ・・・
いやいやいや、そういう問題じゃなくて!
っつかヘタしたら俺が揺すっても押しのけても離れなかったのかもしれねェじゃねーか!
ぎゃー!イビキとか歯軋りとかしてたらどうしよう!
あまつさえ彼女に涎なんて垂らしてた日にゃ、俺首つって死ねるぞオイ!

葛藤に身悶え一人で百面相していた俺は
危うくまた乗り過ごしそうになって慌ててホームへと飛び降りた。


 

家に帰ってベッドをゴロゴロと転がりながら
誰かにこの気持ちを叫びたい!と思いマリモの携帯に掛けた。
しかし、アホだだの、ざまーみろだの、挙句の果てに
部活で疲れてンだから切るぞという言葉と共にブチ切られた。
「ツーツーツー・・・ってなんだそりゃ!」
すっきりする所か余計に腹が立ち携帯を放り投げた。
まったく男の友情なんざ使えねーな!
むしゃくしゃした気分を解消する為、俺はシャワーを浴びに部屋を出た。



ベッドの上で濡れた髪をわしわしと拭きながら
あの本を手に取る。
彼女から受取ったんだよなぁ・・・なんてしみじみ思い、顔が熱くなる。
なにげなくぱらぱらと捲ってみた。
が、なんだか違和感を感じる。
ん?なんか違う気がすんだけど・・・なんだ?

ふいに本が開いてしおりが出てきた。
透明な板に四つ葉のクローバーが挟まれたもの。
俺こんなの挟めてねー・・・

ようやくはっと気づく。これ彼女のだ!
落とした時に入れ替わってしまったのだろう。
偶然同じ本屋のブックカバーだったから二人とも気づかなかったのだ。
よく見れば、俺が買った新品のあまり開いた形跡がないそれとは違って
この本は若干日に焼けた感があった。


再び胸が高鳴ってきた。
彼女ももしかしたら今頃気づいているかもしれない。
これは、また話しかけるチャンスだ・・・!
今日のことを謝って、本を交換して、そして・・・
あぁ、何から話そうか。
どきどきしながら本をそっと握り締める。

もっと君のことが知りたい。
もっと俺のことを知ってほしい。
きっとこの本が俺と彼女を繋いでくれる。
その後は俺次第だ・・・

早く月曜になれ!と逸る気持ちを胸に抱えて
俺は今夜も眠れそうにはなかった。

 

 

 



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