−カササギのい−



今日は天空の麗しきレディとどっかのクソ野郎が年に一回の逢瀬を重ねる日。
俺はわりとこういうイベントは好きな方だ。
そのイベントを引き立てるメニューを考えるのも面白いし、それに託けてわいわい騒ぐのも嫌いじゃねェ。
なにより、素敵なレディとロマンチックに過す良い口実になるだろう?

けど、今年はちょっと勝手が違う。どうにも浮かない七夕になりそうだ。
なぜなら後ろに座っている織姫様はさっきからずっとため息ばかり。
こっちまで悲しい気分になっちまう。


「そういう物憂げな表情も素敵だけど、笑顔の方が似合うと思いますよプリンセス?」


曇ってしまったその可愛らしい顔から少しでも笑顔を引き出すために彼女の大好きなダージリンを差し出した。
ハチミツたっぷりの温かなそれは甘く彼女の鼻腔をくすぐるように。

「ありがとう、サンジ君・・・」

照れたような笑顔を見せてくれたけど、それはどうにも弱々しい。
うーん、ちょっとはマシになったけど、まだまだいつもの明るさじゃねぇなァ。


「・・・せっかくの七夕なのに、雨降っちゃったね・・・」


丸窓からそっと外を窺う顔は、今日の天気のように泣き出しそうだ。

「ああ・・・“洒涙雨”って言うんだっけ?」
「さいるいう・・・?」
「そう。織姫と彦星の流す涙だって」
「そっか・・・年に一度の逢瀬なのにこれじゃあ会えないもんね・・・」

まったく・・・君が悲しんでいるのは本当はそんな理由じゃないだろう?
素直じゃないお姫さまだなァ。まぁそんな所も可愛いんだけど。


やれやれと思いながら俺は水筒に熱い紅茶を入れる。
それと一緒に傘を差し出すとちゃんは不思議そうに俺を見た。



「彦星のヤローは見張り台の上ですよ、織姫様?」



イタズラっぽくウィンクするとそのつぶらな瞳を真ん丸くして見せた。


「アイツはバカだから雨に濡れたって風邪なんか引きゃあしねェだろうし、
 もし引いたとしても俺は野郎の事なんざどうだっていいんだが・・・
 さっきから心配で心配で堪らないって顔してる織姫様が見ていられないものですからね」
「サンジ君・・・でも・・・」
「行っておいでよ。喧嘩の理由は知らねェけどさ、意地張ってもいいことなんかないぜ?
 行かないときっと後で後悔する。そうだろう?」


ちゃんは躊躇いがちに瞳を揺らしていたけれど、ようやく決心したようにこくんと頷きそれを受取った。


「ありがと、サンジ君!」
「どういたしまして、プリンセス」

恭しくお辞儀して可愛らしい織姫様を送り出す。
そう、その笑顔が見たかったんだ。


満足げに深く煙を吐いてから、彼女の残していったティーカップを片付ける。
あーあ、なんつー損な役回り。

「ったく、七夕に彦星以外の役やったのなんか初めてだぜ」

零したため息はシンクに流れる水音にかき消された。




明日の朝食の準備を終えて外に出る。
部屋まで大した距離でもねェし、と打たれるがままに服を濡らす。
ふと、顔を上げれば、見張り台には広がる傘とその下に寄り添うように並ぶ二つの陰。



胸が、ちくりと痛んだ。



それを誤魔化すように視線を剥がすと、進路を変えて船尾へと歩く。
雨で良かったかもしれない。ちょっと打たれてェ気分だ。

船縁に凭れて煙草に火を点けるが、湿気てしまったそれをじりじりと燻るだけだった。
舌打ちをして空を見上げればやはりそこは真っ黒で星ひとつ見えない。



けどね、大丈夫だよ、ちゃん。
例え雨で天の川の水かさが増したって、カササギが飛んできて自分の体で橋を掛けてくれるそうだから。
だから二人はちゃんと逢えるよ。心配いらない。



ふいに思う。
カササギは織姫に恋をしていたんじゃないかって。
不毛な恋に身を焦がしながら、二人の仲を応援したのかもしれない・・・
加えて彦星が仲間だったりした日にゃ、ほんとやるせねェなァ。


はぁー、と重いため息を一つ吐いて、使い物にならない煙草を海へと弾いた。
頬を伝う雨の雫がまるで涙みてェでちょっと笑えた。



自分でも馬鹿だと思う。けどどうしようもねェだろう?恋なんか理屈じゃねェんだ。
辛くねぇなんて言わねェ。ただ・・・好きになっちまった、本当に、どうしようもなく。



そういやまだ七夕の願い事してねェなと気づいて空を仰げば
遠くの空に雲の切れ間が見えてそこから薄っすらと星が覗いていた。

そうだな、それじゃあ。








―――願わくば、愛しき君の笑顔が曇りませんように・・・








君の幸せを祈ろう、七夕の星に願いをこめて。








・・・なんて、ちょっと格好つけすぎたかな?










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ハッピーエンドが好きなのですが、相手の気持ちばかり優先して身を引いてしまう恋もサンジらしい気がするのです。