−遠距離恋愛−
雲ひとつない晴天ってのはこういうことを言うんだろうなァって思う程の快晴。
そんな空の下で俺は彼女の手を握る。
それは本当に小さくて俺の手の中にすっぽりと納まってしまう。
こんな風に握るのももう何度目か分からないほどに慣れた行為のはずなのに
いつも俺はその小ささにびっくりする。まるで初めてその手に触れたかのように。
「サンジ・・・私がいなくなってもちゃんとコックをして、オールブルーを探して、そして新しい恋をしてね」
・・・ひっでェなァ。
そんな酷いセリフをそんな優しい笑顔で言うなんてさ。
「さんは本当に意地が悪いよ」
「ふふふっ、サンジのこと困らせるの趣味だもん」
そのセリフにしばし黙り込み、やがて大きく嘆息した。
呆れた。さんにじゃない。自分にだ。
「俺今すげェ酷ェこと言われてんのに喜んじゃったよ」
「ええ?困らせたいとか言われてるのに?」
「だってさんが俺のこと趣味だとか言うからさ。なんかそれって良いなァ・・・って」
「サンジってばマゾっ気が芽生えちゃったんじゃない?」
「だったらそれはさんのせいなんだから、ちゃんと責任取ってくんなきゃ」
「無理なこと言わないでよ」
ころころ笑いながらそんなことを言うさんはやっぱり意地悪だ。
貴女が離れていく準備なんて俺には露ほども出来てねえっつーのに
そっちは勝手に気持ちの整理を付けていて、笑顔で離れていこうとする。
少しは離れたくねェとか寂しそうにしてくれたっていいじゃねェか・・・
「一生涯私だけを愛してとか言ってくれねェの?」
「それはダメよ。あなたはラブコックなのよ?恋をしないサンジなんてサンジじゃないわ」
繋いだ手を遊ぶようにぶらぶらと揺らして貴女は笑う。
なんだそりゃ、と俺は嘆いて空を仰いだ。陽射しが目に痛い。
「サーンジ?」
微かに笑みを含んだ声音が優しく俺の名を紡ぐ。
けど呼ばれたってすぐに顔向けなんか出来るもんか。
こっちは情けねェモンが零れちまわねェように必死で上向いてんだ。
こんなにクソ眩しいっつーのに満足に瞬きもできやしねェよ。
俺の強がりなんてすべて見透かすようにさんは小さく笑った。
「ねぇ、こっち向いてよ」
「・・・・・・・・・」
「私サンジの泣き顔って可愛くて好きよ」
「・・・ほんっとに意地が悪いよね」
クスクス笑う彼女に眉を顰めて顔を下ろせばまたふわりと優しい表情を見せる。
それに反抗するかのように俺は口を尖らせた。
「俺さんと会えなくなったって他のレディと恋をするつもりなんかねェよ」
そう告げればまるで言うことを聞かない子供を宥める母親みてェな顔で困ったように微笑んだ。
それにすら小さな苛立ちと焦燥感を覚えて俺は言葉を畳み掛ける。
「さんのお願いならどんなことだって叶えてやりてェけどさ、そればっかりは無理だよ。
俺はもうずっと前から貴女のことしか見えてねェんだ。考えられないくらい貴女に恋をしてるんだよ。
それはさんが一番知っているはずだろ?」
小さな手を握り締めて額が触れるほど近づいて懇願するかのように思いの丈を吐き出して。
するとその小さな手にきゅっと力がこもり、大きな瞳は次第に潤みを増した。
震える唇を硬く結ぶ様子を見ながら、握り締めていた手から片手だけ外してそれを頬に伸ばす。
そっと包み込むように触れればついに耐え切れずに涙が零れ落ちた。
「ひどいのはサンジだよ・・・せっかく我慢してたのに、台無し・・・」
「俺さんの泣き顔可愛くて好きだよ」
「・・・性格悪」
眉を顰めて拗ねたように呟く彼女に思わず笑ってしまう。
ぼろぼろと零れ始めたそれを拭いながら俺は目を細める。
こうして涙する彼女を見るのはこれで何度目だろうか。
笑顔も泣き顔も怒った顔も沢山見てきた。
けどまだまだ足りねェ。もっと、もっと側で見ていたいんだ。
「ねえ、さん。さんが行くとこなんてさ、どうせ空島のちょっと上くらいだよ。
それくらいの距離、なんてことねェ。少しの間、会えなくなるだけさ」
小さく呼吸を乱す彼女をあやすように髪を梳いてゆっくりと撫ぜる。
「俺のこと誰だと思ってんの?超一流のラブコックだよ?地上と天国の遠距離恋愛くらい成し遂げて見せるさ」
わざとおどけるように尊大に言ってみせる。
彼女はそれに笑おうとして失敗し、いっそう顔を歪めた。
それにつられるように鼻の奥がつんとする。
口を開いたら決壊しそうだ。
だけどまだだ。まだ伝えなくちゃならないことがあるはずなんだ。
「待っててよ。必ずオールブルーを見つけて、山ほど土産話を持ってそっちに行くからさ。
今よりもっといい男になって貴女を迎えに行くから」
懸命に頷く彼女に笑いかける。
もしかしたらひどく不恰好になったかもしれない。
「あっちにもきっとそこでしか食べられない美味い食材があるんだろうね。
俺が行くまでにさんがその調理法を覚えてさ、俺にレシピを教えてよ」
「・・・私が料理ヘタだって知ってるくせに・・・」
小さく口を尖らせる彼女に思わず笑う。
「俺より早く逝く罰だよ」
意地悪く口端を上げて言えば眉尻を下げて苦笑した。
握り締める手に力を込めて、俺は念を押すように彼女を見据える。
「約束だからね」
小さく頷いた彼女の小指を取って自分のそれと絡める。
ちょっと力を込めたら簡単に折れてしまいそうなそれが愛おしくて仕方がない。
大事な大事な宝物のようなそれに自分の指を絡めたままそっと口付ける。
ふいに小さな手がずるりと落ちそうになり俺は慌ててそれを両手で握り締めた。
焦る俺に彼女は淡い微笑を浮かべる。
涙の痕を残しながらもそれはひどく綺麗で。
小さな手はほこほこと温かくて。
・・・これが今に冷たくなるだなんて、嘘だろう?
ああ、やっぱり貴女は意地悪だ。
なにもこんな日に逝かなくたって。
見てごらんよ。空は腹が立つほど良い天気で、暢気にカモメまで鳴いててさ。
握り締めた手はどうしようもなく暖かくて。貴女の笑顔はどこまでも優しくて。
そんなの、泣けと言わんばかりじゃねえか。
勘弁してくれよ。最愛のレディの最期なのに、まるで俺はガキみてェにぼろぼろ泣いて。
クソ格好悪ィったらありゃしねェよ。
薄く形の良い唇が小さく動いた。
ほとんど音にならなくなっている声を決して聞き漏らすまいと必死に耳を傾ける。
それに頷けば彼女はわずかに微笑み。
やがてゆっくりと目を閉じた。
近づいて、その唇にキスをする。
それはいつも通りの温かくて柔らかくて甘い口づけ。
「・・・クソ愛してるよ」
もう表情を変えることのない彼女が微笑んだような気がした。
それに堪らなくなって横たわる彼女を抱き寄せた。
華奢な体は羽根が生えたように軽かった。
彼女は言った。
いってきます、と。
さようならじゃなくて、いってきます。
そう言って微笑んだ。
そう、これは永遠の別れなんかじゃない。
少しだけ長い、遠距離恋愛の始まり。
俺たちはまた会える。絶対に。
だからその時はまた、恋をしよう。
何度でも、何度でも。
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