−Bubble bath−
脱衣所の籠に見慣れたスーツが丁寧に畳まれているのを見つけてまさかと思いつつ扉を開いた。
予想通りの人物が悠々とバスタブの中で寛いでいるのを見止めて頬がひくりと引き攣る。
そんな私とは対照的ににっこり、と擬音が聞こえてきそうなほど爽やかに彼は微笑んだ。
「なーにをしてるのかなサンジくーん・・・?」
「何って、見ての通りバスタイム?お先にお風呂いただいてますよプリンセス」
バスタブの縁に悩ましげに頬杖を付きながら語尾にハートマーク付けて、図々しい王子様はそうのたまった。
あっけらかんとし過ぎていてなんだかもう驚くのも怒るのも気力がそがれてしまう。
バスタブにお湯をはる間たった数分離れていただけだったのに。
もういい頃合かと思って戻ってきてみれば他の人間が先に入浴してるだなんて。いやそれ以前に・・・
「どうやって部屋に入ったのよぉ」
「愛の力っ」
「・・・そんなんで鍵が開いたら世界中のストーカーさんが犯罪に走り放題だよ」
お宝を手に入れて久々に景気の良かった麦わら一味は上陸した島のホテルで豪勢にも一人一部屋を与えられた。
あの(自分のこと以外には)恐ろしく財布の紐が固い大蔵省様にしてみれば出血大サービスだ。
取り仕切ってくれたのはその大蔵省のナミ様。と、いうことはつまり。
「・・・サンジ、ナミに何ベリー払ったの?」
「この入浴剤クソいい香りだなァ〜、俺のプリンセスにぴったりだ」
さらりと聞こえないふりをする彼に頭痛がする。
恋人の部屋の鍵を手に入れるために買収に走る人がどこいるのよ・・・あぁ、ここにいたか。
はぁー、とこれ見よがしにため息を零して見せてもちっとも悪びれる様子がない。
それどころか最初っから俺らは二人一部屋にしてくれりゃ良かったのになァなんていけしゃあしゃあと言ってのけた。
そりゃあサンジとは恋人同士な訳だし、同室が嫌なわけじゃないけど。
ずっと集団生活をしているとたまには一人になりたい時だってある。
女としては自分を磨く時間ってのも欲しいと思ったりする訳で。
だから期せずして与えられたこの貴重な時間をゆったりのんびりすごそうと思っていたのに。
まさか恋人が押し入り強盗よろしく人の浴室に侵入してくるなんて。
しかも・・・と、私はサンジの周囲にふわふわ浮いているそれを見てへにょりと唇を歪めた。
「泡風呂楽しみにしてたのにぃ〜」
普段は共同浴場の為なかなか自分勝手なことは出来ない。
だからこの機会にと思い泡風呂用の入浴液を買ってきたのだ。
バスタブに流し込んだそこに勢いよくお湯を注ぐと隆々と泡が盛り上がり、それを見てわくわくと顔を綻ばせたのは数分前のこと。
まさかそこに私より先に恋人が身を沈めているなんて予想だにしていなかった。
彼が上がる頃にはきっともう泡は消えてしまっているだろう。
こんなことならもう一つ入浴剤買っておくんだったな、と落ち込んで頭を垂れる。
しかしこうなってしまった以上仕方がない。上がったら声掛けてねと沈んだ声で言い残し踵を返した。
しかし思わぬ引力で私の体は扉とは逆の方向に引っ張られ。
ずるっと滑った足に転ぶっ!?と反射的に身を固くしたがその衝撃は訪れなかった。
変わりに体感したのは想定外の浮遊感と身に纏う質量の増加、そして温かに濡れる感触。
それら全てが一瞬のうちに起こり軽いパニックになった私はしばし呆気に取られた。
どぼん、と勢いよく飛び込んだせいで周囲にはふわふわと泡が舞っている。
目の前で楽しげに口角を上げる彼と目が合い、ようやく状況を理解した。
「ちょっ、何するの・・・!?」
「風呂入りたそうにしてたから入れてあげたんだけど、ご不満でしたか姫?」
「不満に決まってるでしょうが!私服着たまんまなのよっ」
憤慨してみせても反省の色は皆無。
それに一層腹が立って「私上がるから!」と立とうとした瞬間背中から抱きしめられた。
「なっ・・・!」
「入りたかったんだろう?なら一緒に入りゃあ良いじゃねェか」
「無理よそんなのっ」
「無理じゃねェよ。は服着てんだから恥ずかしくねェだろ?第一泡風呂で中なんか見えねえんだしさ」
耳元を掠めた唇は濡れ、その顎から伝い落ちた雫が私の首筋に零れてびくんと身を竦ませる。
抱きついているその身は一糸纏わぬ姿なのだと思うと顔が沸騰しそうになった。
「わ、分かったから離して!」
ヤケになってそう叫ぶとサンジはあっさりと身を離した。
それに一旦はほっとしたものの状況は全く好転していない訳で。
まともにそちらを見れないまま私は体を沈めてずりずりとバスタブの端まで逃げた。
くつくつと喉で笑う声にじとりと恨みがましい視線を送る。
「何でこんなこと・・・」
「だってこうでもしなきゃは一緒に風呂入ってくんねェだろ?」
「それは・・・」
だって浴室なんて明るい場所じゃどこもかしこもはっきり見えちゃうじゃない!
そんな堂々と曝け出せる程自信のある体でもあるまいし。
だからこれまで何度誘われても断り続けてきたのに。それがまさかこんな暴挙の引き金になろうとは・・・。
っていうかそこまでして一緒に入りたいもの?
ちろりと視線を上げればサンジは心底嬉しそうに微笑んでこちらを見ている。
そうか・・・入りたかったのか・・・。
無性に恥ずかしくなり、手持ち無沙汰で半端に濡れた髪を弄ぶ。
すっかり濡れた衣服はずっしりとした重さを感じさせながらも微かな浮力にふわふわと浮かんで。
服も毛先も体にまとわり付いて気持ちが悪い。鏡を見なくとも乱れていることなど明白だった。
「もう・・・ぐちゃぐちゃでみっともないよ」
恥ずかしさで消え入りそうな声でそう呟くと、ンなことねェよと優しい声音が返ってきた。
顔を上げればサンジが泡を掬って手の上に乗せると、ふうっ、とこちらに吹いて。
それはふわりふわりと私に降り注ぐ。
「シャボンのジュエリーに彩られてクソ綺麗ですよ、プリンセス」
「・・・そういうこと言ってて恥ずかしくない?」
「ぜーんぜん。客観的事実をそのまま口にしてるだけですから」
臆面もなく砂を吐きそうなセリフを言ってのけるサンジにこちらの方が赤面してしまう。
動揺しまくっている私とは対照的に落ち着きを払った彼は腹立たしいほど鮮やかに微笑む。
大体泡風呂が似合う男ってどうなの!?なんて悔し紛れに内心反発してみせるけど。
結局はその光景に目を奪われてしまうばかりで。
銜え煙草を口から取ると斜め上にふーっと煙を吐く。その慣れた動作に不覚にも見惚れてしまった。
お風呂に入りながら煙草なんて行儀が悪いんじゃないかと思うし
こんな狭くて湿度の高い場所で吸われればいくら換気扇が回っているとはいえ煙がこもって迷惑千万だ。
けれど、それに対する文句も注意も何一つ口に出来ない。
それほど彼の姿は絵になっていた。
水も滴る・・・とはよく言ったものだ、なんて心の片隅で人事のような感想を抱く。
濡れたブロンドの髪をかき上げる仕草はどうしようもなく妖艶で。
滴る雫がしなやかな体を滑る様は目のやり場に困るほど色っぽく。
泡風呂に浸かりながらバスタブの縁に腕をのせて煙草を吸う姿はまるで映画のワンシーンのようだ。
細身のシルエットからは想像がつかないほど鍛え上げられたその体躯に目を奪われているうちに
ふいにその胸に抱かれた記憶が脳裏を過ぎる。
(バカバカ!何考えてるのよ私は・・・!)
かあっと顔を上気させながら目を逸らすとくつくつと笑う声がした。
「そんな熱っぽい眼差しで見つめられちまうと溶けてしまいそうなんですが、レディー?」
羞恥心でいっぱいいっぱいになり、もう限界だと身じろぐ。
「もう・・・のぼせそうだから先、あがるね」
震えそうになる声を絞ってそう告げ、湯船から出ようとしたけれどそれは叶わなかった。
腕を引かれ、サンジの胸に飛び込む格好になる。
「のぼせるのは湯に?・・・それとも、俺に?」
耳元で愉しげに囁かれて背筋がぞくりと震えた。
気づけば泡は消え始めていて、今更ながらに服が透けた自分の格好が厭らしく映り。
恥ずかくて逃げ出したくて堪らない。けれど抱き寄せるその腕はしっかりと私を捕らえ、その手はゆるやかに滑る。
焦って顔を上げれば欲情の滲んだ青と視線が交わり甘い痺れに眩暈がした。
「サンジ・・・離して・・・」
「ヤだね」
「こんな場所じゃ・・・」
必死で顔を背ける私のこめかみに口付けて、徐々に移動するそれはやがて甘く耳朶を噛んだ。
「怖がんねェで。心配しなくても、そんなこと気にする余裕今になくしてやるから」
余裕がねェのは俺の方かもしんねェけど・・・。
ぼそりと付け加えられた囁きを裏付けるように与えられたキスはいつもより性急で荒々しく。
掻き乱される思考回路の中で、ジュッと消された煙草の音がやけに淫靡に響いた。
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微エロサンジ?