『医者の話じゃ雨の日は義足の付け根が痛むらしいんだ。ジジイはそんなこと死んでも言わねェけどな』

彼が苦笑しながらそう言ったのは、背伸びして吸い始めた煙草が板についてきた頃だった。
以来雨の日にはバラティエに顔を出す回数が増えたことに、きっと彼は気づいていただろう。
はっきりと伝えたことはなかったけれど、そうする私の気持ちにもきっと・・・




 −宿り−




「買い出しなんてつまらねェだろう」
「いえ楽しかったですよ。ゼフさんが食材選ぶところ見てると勉強になるし。
 ただ手伝うためについてきたのに何一つさせてもらえないのが不満といえば不満ですけど」
「今日は大した量もねェし、お前さんに持ってもらうもんがなかったんだよ」

脇に食材山盛りの台車を置きながらそんなことを平然と言ってのけるゼフさんに肩を竦める。
嘘ばっかり。本当は女の子に重いものを持たせる気なんて微塵もないくせに。
一見無愛想なのにそのフェミニストぶりは筋金入りなんだから。
蛙の子は蛙ってやつかな、なんて思いながら曇天を仰ぐ。

ぱらぱらと降りだした雨に立往生した私たちは軒下で雨が通り過ぎるのを待っていた。
眼前に広がる鈍色の海。ゼフさんは水平線の向こうへと視線を飛ばしている。
遥か遠くに想いを馳せるような眼差しに、気難しいその能面の奥で今何を考えているのかなんとなく察しがついた。


「・・・元気、ですかねぇ」
「便りがねェのは元気な証拠って言うだろ」


主語のない問い掛けに当たり前のように返ってきた返事に、やっぱりねと微笑する。

「そんなこと言って、私知ってるんですからね?
 麦わらの子の手配書が出た時にチビナスのはねェのかよってゼフさんがぼやいてたこと」

ちらりと横目で見やりながら口角を上げるとゼフさんが方眉を上げてこちらを見た。
その表情がなんで知ってるんだと言わんばかりなので吹き出してしまう。

「やだ、ほんとに?冗談のつもりだったのに」

笑いながら言うと渋い顔で大人をからかうもんじゃねェと軽く小突かれる。

「手配書出るの楽しみですね」
「へっ、出るんだか出ねェんだか分からねェがな」

またそんな心にもないこと言っちゃって。
誰よりも彼を信頼しているのも、誰よりもその名がとどろくのを楽しみにしているのも、あなたのくせに。

そんな本音を飲み込みながら、件の彼のことを思い出す。

端正な顔立ちにくるりと巻いた眉尻が特徴的な優しい少年・・・いや、もう青年か。
十の時にゼフさんと奇妙な巡り合わせから共に遭難し、ゼフさんの左脚と引き替えに命を助けられたサンジ君。
救助されたあと二人は海上レストランをオープンした。
その関係は師弟を超えて本当の親子のようで。
ゼフさんの料理の腕も、足技も、ついでに口の悪さと気の短さ、信念と夢まで受け継いで彼は旅立っていった。
自分と、自分を育ててくれたゼフさんの夢を叶えるために。


「・・・サンジ君、いきなり旅立っちゃうんだもんなぁ」
最後に言っておきたいことあったのに・・・

いきなりやってきた海賊を名乗る少年に誘われて突発的に出発を決めたらしいからどうしようもなかったけど。


物憂いため息と共にぽつりと零すとゼフさんが訳知り顔で意地悪な笑みを浮かべた。
しまった余計なことを口走ったと後悔したけれど、もう後の祭り。


「いや、あの、違いますよ?そういうんじゃなくてね」
「取り繕わなくていい。女が強がるんじゃねェよ」


しみじみと諭されてしまい閉口する。・・・私コレ哀れまれてるな?
励ますようにぽんぽんと肩を叩かれ、いよいよ私の中で何かが切れた。


もういい、もうこれ以上我慢ならない。


半ばヤケクソになりながらじろりとゼフさんをねめつける。


「ゼフさん、私がずっと前にゼフさんに恋愛相談したの覚えてます?」
「ん?ああ、口と足癖の悪いフェミニストの一流コックに惚れちまったってやつか?」
「それ、サンジ君のことだと思ってるでしょう?」
「なんだ違うのか?けどそんな野郎他に・・・」
「いるじゃないですか、もう一人ぴっっったり当てはまる人が」


その顔を穴が開くほどじーっと見つめる。
しばらく訝しげにしていた顔に一瞬まさかという色が走り、
徐々に信じられないと驚愕を浮かべる過程が手に取るように分かった。
思い切り半信半疑でこちらを窺うのでぷいと顔を背ける。

「これ以上レディに言わせるのは紳士じゃないと思いますけど?」
「だがっ、お前ェ・・・」
「まぁサンジ君と年の変わらない私がそんなこと想ってるなんて想像もしなかったでしょうから仕方ないですけど」

ゼフさんはあんぐりって言葉がぴったりの顔で惚けている。

「ちなみにゼフさん以外のバラティエの皆はとっくに気付いてましたよ。多分サンジ君も」
「チビナスもかッ?」

息子同然の彼に知られていたのはさすがに気まずいのか、ゼフさんはそこだけは大声で食い付いた。

サンジ君は聡い子だから早々に感付いていたのだと思う。
レディ至上主義の彼だから私のことも他の女の子達にそうするように崇め慈しんでくれたけれど、
でも私に対してだけはその中に少しだけ違う色が混じっていた。
まだ思春期にも満たなかった彼は幼心に感じ取ったのだろう。
私がゼフさんのことを好いているのだということを。
そしてそれはつまり、私に大好きな“クソジジイ”が奪われてしまうかもしれないということであると。
小さい頃からおませさんで子供っぽい自分など決して見せようとしなかった彼だから、
そんな素振りなど絶対に見せまいとしていたけれど。

でも私たちの間には見えないそれが確かに存在していたと思う。
所謂“ライバル意識”ってやつが。


未だ惚けているゼフさんに目を向ければ、困惑しながら口を開いた。

「しかしお前さんチビナスのヤツに言いたいことがあったとさっき・・・」
「ええ、言いましたよ」
「告白したかったんじゃなかったんなら一体・・・」
「決まってるじゃないですか。“お義父さんを私に下さい!”ってちゃんと宣言しときたかったんです」

言えばゼフさんはおかしなものでも食べさせられたような顔をする。

「そんな台詞聞いたことねェぞ」
「私も生まれて初めて言いました」

いよいよ困ったようにゼフさんが首の後ろを掻き始める。
鼻の下に蓄えた髭だかなんだかよく分からない立派なみつ編みが今ばかりはへにゃりと垂れ下がっているように見えた。

「しかし年が・・・」
「私年上趣味なんですよ」
「いくらなんでも上過ぎるだろう」
「私の趣味、アンティーク収集なんですよね」
「・・・人を骨董品扱いするな」

苦々しげに眉根を寄せるゼフさんに冗談ですと笑いかける。
だって苦節云年の末の大告白なのだ。
こう見えて私だって内心ばくばくもの。軽口の一つでも挟まないと身が持たない。
本気モードに切り替えてきちんと真正面に向き直る。

「恋に年の差は関係ないと思います」

きっぱりと言い切った私を前にゼフさんの眉尻が下がった。
あーあ、困らせるつもりなんてなかったのになぁ。
ゼフさんがいつまでも勘違いしたままで気付いてくれないから、悔しくてつい勢いで。


でも、本当は。


「別に何をして欲しいとかじゃないんです。私が勝手にゼフさんのこと好きなだけですから」


ただ・・・と言葉を区切り、海の彼方に視線を向ける。


「私ずっと、サンジ君が羨ましかったんです。自分がゼフさんの脚の変わりになるって言えるサンジ君が・・・」
「・・・・・・・・・」


幼かった彼はその小さな拳を握り締めて力強く言いきった。『俺がジジイの左脚になるんだ』と。
そんな彼が眩しくて、そして羨ましかった。
私にはとても勤まらない、サンジ君の代わりなんておこがましい、そんなことは分かっている。でも。


「私じゃ・・・なれませんか?ゼフさんの脚の代わりに・・・」


サンジ君がいなくなった淋しさを紛らわすくらいになら、なれないだろうか。



長い間抱えていた想いをようやく伝えられたという清々しさと、伝えてしまったという後悔が同時に沸き起こって私は俯いた。
押しては返す波の音だけが静寂を彩る。




やがて、隣から長い長いため息が聞こえた。




「・・・やっと手のかかるクソガキがいなくなったと思ったら、また面倒臭ェのが増えやがった」




声に弾かれたように顔を上げると、そこには皺の深い顔に不敵な笑みを浮かべるゼフさんがいた。

「ほら、バラティエに帰ェるぞ。食材運ぶの手伝ってくれんだろ?」

いつの間にか雨は上がっていて、ぬかるんだ道をゼフさんがガラガラと台車を引いて歩きだす。
じわじわと込み上げる嬉しさに顔を上気させて、私はその後を追って駆け出した。
食材でいっぱいの台車を後ろから押す。
そんなことしなくて良いなんて今度は言わずに手伝わせてくれるから、ますます私は顔を綻ばせた。

振り返ったゼフさんがそんな私を見て小さく笑う。


「チビナス二号ってとこだな」


「・・・私がそういう対象として見てもらえないのって、年の差以上にサンジ君のせいな気がするんですけど」
「まぁな、チビナスと年が近ェと思うと、どうもな」
「・・・サンジ君め、遠い空の下から呪ってやる」

買い出し船の上で手をお祈りポーズに組み、海に向かってむむむっと念じると
船を操縦しながらゼフさんがおかしそうにチビナスのヤツ今頃くしゃみでもしてんじゃねェか?とほくそ笑んだ。












―――数ヵ月後。
待ちに待ったサンジ君の手配書が届いて、バラティエは大いに盛り上がった。

歓喜、とは微妙にズレていたが・・・


「ぎゃははははッ!サンジ最高ー!!」


海を超えて届いた手配書は、なぜか一味の中でサンジ君だけが写真ではなく似顔絵だった。
それもぎりぎり特徴は捉えている気はするがやけに“もっさり”とした。
良く言えば味のある・・・ぶっちゃけど下手なひどい絵。
エライ似顔絵で出回ってしまった手配書に、パティさんやカルネさんをはじめとするコックさん達はずっと爆笑しっぱなしだ。
挙句、悪ノリしてバラティエに来てくれたお客さん達に記念にこの手配書を配ろうだなんて言い始めている。

ゼフさんはくつくつと笑いを堪えながら手配書片手に
「お前ェの呪いが効いたんじゃねェのか?」
なんて言いながら厨房に消えていった。

まぁそんなことを言いながらも内心嬉しくて堪らないのだろう。
後で一人こっそりと手配書をしみじみ眺めながら笑うゼフさんが容易に想像出来た。
バラティエのホールにはどれだけ増刷すれば気が済むのか、もっさりとした似顔絵で溢れ返っている。

愛されてるなぁサンジ君。バラティエのみんなに、そして・・・ゼフさんに。


ジェラシーを感じつつ手配書を手にとって眺める。


写真はともかくのっけからすごい賞金額だ。
この分ならオールブルーを見つけてゼフさんに報告しに帰ってくる日も遠い未来ではない気がしてきた。
その時には、私もゼフさんを落としたのよ!と彼に自慢出来るように頑張ろうと
永遠のライバルの似顔絵を見ながら私は決意を固めた私は



・・・堪らず吹き出した。













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 サンジは愛されまくってればいいなって話(笑)