−After rain−


ぱらぱらと地面に散らされていた小雨はいつしか、サー・・・と撫でるような音に変わった。
増水していく川をぼんやり眺めていた私はどうしてか河川敷に座ったまま動けずに。
頭の中では数日前の出来事が何度も何度も繰り返し流れている。
些細な喧嘩のはずだったのに、気づけば転がり落ちる雪玉のようにどんどん大事になってしまい
最終的に私はもういい、と言って飛び出した。もういい。・・・何がいいんだか。

長いこと付き合ったのに終わるのはなんて呆気無いんだろう。
部屋を飛び出した後も涙ひとつ零れなかった。
どうしてかな、私なりにちゃんと愛していたはずなのに。

ああそうか、きっとあの日は晴れていたから。
こちらの心境なんて気持ち良いくらい無視した晴天だったから。
あの日も今日みたいな雨ならきっと泣けていたのに。

雨に打たれた服がどんどん重くなり不快で仕方ないのに、どうしてだか動きたくなくて。
濡れるのなんて好きじゃないのになぜだかこうしているのが心地いい。
顔を伝う雨の中に熱い雫が混じっていることに気づいて驚いた。
おかしいな、雨に打たれて泣くなんて。そんな悲劇のヒロインみたいな真似好きじゃないのに。

でも思い返せばそんなことはしょっちゅうだったかもしれない。
路上で大喧嘩しているカップルを見ると家に帰ってやればいいのにと冷めた目で見ていた私だったのに
あの人と付き合いだしてからは私もそんなバカな真似を散々やらかした。
自分はもっと冷静な人間だと思っていたのに、そんな虚像あっというまにぶち壊された。
恋愛が人を狂わせるっていうのは本当だ。ものすごく疲れる。なんて面倒くさいんだろう。

面倒くさい・・・

ああ最悪。完全にあの人の思考回路が移ってる。
無気力でだらけきったあの人の口癖は面倒臭ェ、だりィ。
無気力なくせに無鉄砲でほんとどうしようもない人。

どうしてあんな人好きになっちゃったんだか。
こんな風にバカになっちゃう程に。

・・・ううん、嫌いだよあんなヤツ。
嫌い嫌い大っキライ。
本当に本当に嫌いなのに・・・

どうしようもないくらい、好きだった。






ふいに雨が止んで、静かな雨音の代わりにパタパタとナイロンを弾く高い音が頭上でした。


「なーにしてんだクラァ」


聴きなれた相変わらず覇気のない声が雨の変わりに降ってくる。
顔を上げれば長身の体を猫背気味に曲げて見下ろす見慣れた顔。
突然のことにリアクションすらとれず困惑していると、
ため息を吐きながら気だるそうな腕が力強く私の体を引き上げた。

「こんなとこいたら風邪引くでしょーが。何?水遊び?おじょーさんンなことして可愛い年はとっくに過ぎてるでしょーよ」

立ち竦んでいる私の頬や首筋に濡れて張り付いた髪束を無骨な指が後ろに流す。
呆然と見上げる私の顔にはありありと“何しに来たの”と書かれてあったんだろう。
クザンは苦笑して私の頭にその大きい手をぽん、と乗せた。

「そろそろほとぼり冷めた頃かと思ってよ。お前ェ頭に血ィ上ってっと人の話聞かねェんだもん。
 会いにきてみりゃ当の本人は雨の中でぼーっと座ってっからびびったっつの」

冷え切った額にじんわりとクザンの体温が染み渡る。
普段はあまり見せない妙に優しい穏やかな顔が私を見下ろしていた。

「・・・こんな時ばっかり優しい顔するのってズルくない?」
「そりゃあお前ェの機嫌取りに来たんだから優しい顔のひとつくらいするに決まってんだろーが」

相変わらずの物言いに呆れて笑いすらこみ上げてくる。

「雨降って地固まるっていうだろ?頼むからさっさと固めてくださいや」
「まだぐっちゃぐちゃなんですけど」
「さっさと舗装しろ。ショベルカーでもタイヤローラーでも何でも用意してやっから」

ダルそうにそう言い放ったすぐ後に、クザンは面倒くさそうに首の後ろを掻いた。

「あーやっぱローラー準備すんのは面倒臭ェからやめたわ」

ああやっぱりクザンだ。
妙なとこで懐かしさを覚える私の手を、その大きな骨ばった手が掴んで持ち上げる。

「変わりにこの石ころでなんとかならしてくださいや」

石ころ?と問う間もなく指に冷たい感触。
白銀の輪っかにはいやにキラキラ光る石ころがついていた。

・・・は?何これ?
っていうか、なんでこの指なの?意味・・・分かってんの?

呆然と見上げたそこにはやっぱり腹立つくらい飄々とした顔があって。
その余裕が物凄く憎らしいのにどうしようもなく好きだと思ってしまって。
ああ本当にバカだ。恋するとどうしてこんなにバカになるんだろう。
ひどく面倒くさい性格になるくせに、こんな時はバカみたいに単純だ。

だって雨なんて嫌いだって言ってたのに。
天パのアフロが収拾つかないくらい広がるわ、体だりィわ、
服濡れるわ、湿気た空気が気持ち悪ィわ、傘差すのめんどいわ、体だりィわ、体だりィわ・・・
だから雨の日に出歩くヤツの気が知れねェ、って言ってたのに。

縛られるのなんて、嫌いだって言ってたのに・・・


涙と雨でどろどろになったファンデーションがクザンのシャツに付くのも構わずに
私はそこにしがみ付いて泣いた。


「そんで、お嬢さんお返事は?」


聞かなくても答えなんて分かってると言わんばかりの暢気な声が癪に障る。

だから余裕綽綽のその面を泣き顔のまま睨み上げた。


「・・・今回離れてみて改めて分かったことがあるわ」
「ナニよ」


「私やっぱアンタのこと大っ嫌いよ」


そう吐き捨てて、ネクタイを鷲掴みにして、ぐいっと引き寄せて。
やけに高い位置にある顔に私はキスをした。

口づけたそこはひんやりと冷たくて、そして雨の匂いがした。












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 After rain comes fair weather. (雨降って地固まる)