−Mad Hatter −
「イカれ帽子屋さん、ハートの女王様がお呼びだそうよ?」
「・・・なんだそれは」
どうやら言葉遊びはお気に召さなかったらしい。
鳩を肩に乗せた男は眉を顰めて私を見やった。
「だってそっくりだと思わない?『あの子の首をちょん切っておしまい!』
って狂ったように叫び続ける女王様に」
「スパンダムのことか。で、なんで俺が帽子屋なんだ」
「シルクハットかぶって鳩とお茶会してる姿がぴったりだと思って」
「・・・女は戯言が好きだな」
無表情のまま温度の無い声で呟いてルッチは立ち上がった。
入口に立っているとすれ違い様にいきなり唇を奪われた。
不意打ちに弱い私の頬はつい熱を持ってしまう。
「お前の方がよっぽどイカれてるんじゃないのか?」
皮肉っぽくにやりとルッチが笑った。
赤くなった顔を隠したくて俯こうとしたけれど
意地の悪いこの男に顎を持ち上げられてそれは叶わなかった。
今度は先程より深く貪る様に口付けられて
まるで呼吸を奪うかのように舌を絡め取られ口内を侵される。
恍惚とその快楽に酔い痴れながら
あぁ、本当にイカれてるのは私の方だと思った。
だってこんなイカれた男に惚れているのだから。
ふと、いつか読んだ小説の一説が頭を過ぎった。
その主人公は人々に踏みつけられて足型のついた花束を
美女の嘔吐のようだと例えていた。
その美と醜の並列がいやに印象的だった。
人間は汚れきったものやどうしようもないものの中に
僅かな美しいもの、光るものを見つけると
それが物凄く崇高なものに思えてしまうらしい。
私にとってルッチの愛情もそんなものなのだろう。
冷徹さや残忍さしか携えていないように見える彼から
時折与えられる優しさに似たそれはひどく甘美に思える。
でも本当は知っているんだ。
黒い色はどこまでいっても黒しか見当たらないように
彼のそれもまた私の幻想なんだということを。
だからといって今更この甘い毒から逃げることなど
不可能だということもまた知っているから。
ようやく解放された唇は厭らしい銀糸を渡した。
ルッチの顔には嫌味な笑いが湛えられている。
「・・・笑い方は帽子屋っていうよりチェシャ猫って感じね」
「クッ、本当に戯言の好きな女だな」
ルッチは濡れた唇もそのままに背を向けた。
「それに俺は帽子屋じゃない。殺し屋だ」
そんな台詞を抑揚の無い声で言い残していく後姿を見送る。
このまま一緒に居ればいずれは
自分で流した涙のプールに溺れてしまう事など分かりきっている。
私が追いかけた時計うさぎは悪魔だったのかもしれない。
でも一度始めてしまったこのキ印のお茶会を止める術など知らないから。
私はいつまでも落ち続けるのだ、この地獄に繋がったうさぎの穴を。
どびっきりの悪夢の中で・・・
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ルッチは猫って言われたら怒ると思う。と今気づいた・・・