−きな子いじめ−



「あれは絶っっ対デキてるって!」
「ンな訳あるかッ!アイスバーグさんに限ってそんな・・・」
「ばっかねぇー、アイスバーグさんだって男なのよぉ?
 あんなフェロモンが服着て歩いてるみたいなエロ秘書が四六時中側にいてその気にならない方がおかしいでしょうが」
「てめェのその破廉恥思考を基準にものを考えるな!」
「そっちこそその純情思考を基準にしないでよね、童貞パウリー君っ」
「だ、誰が童貞だッ!」
「え、違うの!?うっそ、ハレンチが口癖のアンタがよく女の裸体になんか耐えられたわね。
 あ。あれか、服着たままヤったのか。うわっ、なんか逆にエロ・・・」
「勝手に決め付けて話進めんなッ!」
「え〜じゃあどうやったのよぉ、教えなさいよこのエロ職長っ」
「エロはてめェだろうが!ったく、付き合ってらんねェ・・・」
「まぁ私も女の子がぶかぶかのメンズシャツ一枚だけ羽織った姿はロマンだと思うけどね〜。
 ちょっと乳首透けてんのがポイント・・・」
「ぎゃーーーッ!喋んな!てめェそれ以上喋るんじゃねェ!!」


顔を真っ赤にして叫びながら脱兎の如く走っていくパウリーを見送りげらげらと笑う。
いやぁ、ほんっとからかい甲斐のあるヤツだなぁ。

目で追っていると、私から逃げるためにさっさと休憩を切り上げたらしいパウリーは早くも仕事モードに入っていった。
船を見上げながら職人達とあれやこれやと言葉を交わす姿に先ほどの純情っぷりは微塵も窺えない。
面構えはむしろ厳ついと言って良いほどなのにあれで女の子に免疫がないなんて・・・

「変なヤツ・・・」

ふっと笑いながら何気なく口にした言葉が予想外に感慨染みていて、自分で言ってぎょっとした。
そんな自分に嫌悪感を覚えて髪をくしゃりと乱していると唐突に空から声が降ってきた。


「今日もパウリーイジメに精が出るのぉ」


弾かれたように顔を上げれば2階からカクが顔を出している。
いつからいたんだか・・・。

「覗きとは良いご趣味ね、カクしょくちょー?」
にやりと口端をあげて嫌みったらしく言ったけれどカクは顔色ひとつ変えずにストンと地面に降りてきた。
いつもと違う雰囲気にあれ?と思いながらもそれには触れずに言葉を続ける。

「いつもならすぐさまパウいじりに加担するくせにさぁ、今日はどうしたのよ珍しい」

それでもやはりカクは妙に真面目くさった顔でじっと私を見つめてくる。
一体なんだって言うんだ。訳の分からない状況に訝しがって見上げれば、やがてカクは深々と嘆息した。
そして眉尻を下げて私を見る。

「最近のお前さんを見ておると、どーにも辛くなるわい」
「ええ?なによそれ」
「あんな捻くれた愛情表現今時子供でもせんぞ?」
「愛情表現、って何言って・・・」

おちゃらけて返そうと思ったけれどカクの視線がそれを許さなかった。


多分、とっくに私の気持ちなんてバレてるんだ。隠したところでもう意味はない。
苦笑して視線を地面に落とすと再びため息が降ってくる。


「・・・いつから気づいてたの?」
「最近じゃ。それまではワシらと同じようにただパウリーをからかって面白がっとるだけじゃと思っとったが。
 最近ますますエスカレートしとるからのう。おかしいと思ったんじゃよ。まるで嫌われようとしとるようじゃとな」
「・・・・・・・・・・・・」
「あやつに惚れておるのじゃろう?」
「ははっ、ズバッと言うね・・・」
「なんであんな接し方をするんじゃ。・・・・・お前さんが今にいなくなるからか?」


遠くにいるパウリーを見遣ればルル達と楽しげに談笑していた。
それに頬を緩めながら視線をそのままにゆっくりと口を開く。


「ねぇカク・・・一番辛い恋ってなんだと思う?好きな人に嫌われること?想いが成就しないこと?」


質問に質問で返されたカクが訝しそうにこちらを見ているのを視界の端に捉えた。
意識をしている訳でもないのに妙に落ち着いた話し方になる自分を他人事のように不思議に思った。


「私はこう思うの。一番辛いのは、忘れられることだって・・・」


カクがそっと息を呑む。
風が吹いてそこら中に散らばっている木屑が舞い上がった。
パウリーたちの笑い声が遠く響いていた。




私はカク達と同じ政府の諜報員。
もちろんCP9とは違って下っ端だけれど、大工職のセンスを買われ補佐として派遣された。
けれど潜伏期間もそろそろリミットが近づいている。
メインでない私はCP9よりも一足先にここを立ち去らなくてはならない。
短期間ここで雇われていたただの船大工として。
すぐに忘れられてしまうただの通りすがりのような存在。
そうでなければならないなんて嫌というほど分かっていた。
それを承知の上で赴任先の人間に恋をしただなんて・・・とんだお笑い種だ。

カクが気づいていたということはとっくにルッチにもバレているだろう。
最近視線に厳しさが混じるのはそのためか。私がヘマをやらかさないように牽制。
ははっ・・・そんな必要ないのに。心配しなくたって、私にそんな勇気ないよ・・・。



自嘲を漏らした私の頭をぐりぐりとカクが撫でた。

「お前さんもつくづく難儀なヤツじゃのう」

呆れたような声色はどこか優しさを含んでいて。
きっと心配してくれていたのだろう。
悪ぶったって優しいのはちゃーんと知ってんだから。
くすぐったい気持ちになったことを誤魔化すようにカクの腕にじゃれてしがみ付く。
ありがとうって言うのは照れくさいからこんな風に冗談まじりにすることしかできないけれど。

「カクだ〜い好きよっ」
「やれやれ、調子の良いヤツじゃ」

そう言いながらもカクは腕に絡む私を振りほどこうとはせず、そのまま私を引っぱるようにして現場へと向かっていった。
言う相手が違うじゃろうが、とぼそり零された呟きは聞こえなかったことにした。







食堂で食後のコーヒーを味わっていると、ちょうど今入ってきたらしいパウリーと目が合った。
瞬間その口が「げっ・・・」と象られたのもしっかりと目に捉える。
これはもう顔合わせるたびにセクハラしてきた努力(?)の賜物だ。

きっと普通の女の子なら好きな人にこんな反応されたら嘆き悲しむところなんだろうなァ。
けれど私にとってはこの状況こそ願ったり叶ったりなのさっ。
そんな風にいつも通り意地の悪い笑みを浮かべた。

はずだった。

なのに、パウリーの表情がふっと変わった。それはまるでさっきのカクみたいに心配しているようなそれ。
なんだ?とカップから顔を上げて眉を寄せれば、パウリーが微妙な表情のまま近づいてくる。
テーブルの前まで来てじっとこちらを見下ろすパウリーになんなのよ?と可愛げのない言葉を投げつければ。

「お前なんか悩みでもあんのか?」

と想像だにしなかった言葉が返ってきた。
は?の形に口を開けたまま見遣れば、言い難そうにしながらも言葉を探して視線を泳がせる。

「なんかお前最近変じゃねェか。悪態吐いててもどっか辛そうっつーか、なんか空元気っつーか・・・」

よく分かんねェけどよ・・・と言葉を濁してがりがりと頭を掻く。
多分こういうのは得意じゃないんだろう。
だったらしなけりゃいいのに。わざわざ顔赤くして照れて困って。
バカだなァ、柄じゃないことするからだよバカパウリーめ。バーカ。



・・・なんでよ。
なんで気づくのよ。
鈍いくせに。こっちの気持ちなんて全然知らないくせに。なんで・・・



目の奥から不本意なものが滲み出そうになった私はテーブルに突っ伏した。
それにおろおろとパウリーが慌てているのが分かる。

「お、オイ・・・?大丈夫かよ、なぁ」

心配なんかしないで。優しい言葉なんかかけないでよ。

・・・?」

そんな声で名前なんて呼ばないで。
そんなことされたら普通の女の子みたいに感慨に浸っちゃいたくなるでしょうが。
センチメンタル気取りたくなるでしょうが。
勘違いして甘えたくなるでしょうが・・・
ああ、ほんとに私は甘ちゃんだ。こんなんだからCP9に昇格できないんだ。


尚も心配したように声を掛けてくるパウリーの手がテーブルの上に置かれた。
私を窺おうとして近づいたんだろう。

それにそっと自分の手を重ねる。

すると一瞬パウリーの体が強張った。
でも、それは振り払われることはなく。


・・・ほんとにバカだ。いつもなら女の子に手握られたらハレンチだーって大声上げて飛び上がるくせに。
何それ優しさ?何受け入れちゃってんの?そんなことするから・・・



・・・・・付け入れられられんだよ



手をぐっと握ったまま顔を勢いよく上がれば額が付きそうなほど側にパウリーの顔があった。
さすがにこれにはぎょっとしたパウリーに至近距離でにやりとほくそ笑む。
そしてぎくりと顔を引きつらせたパウリーの耳元にわざと息を吹きかけるようにして囁きかけた。

「パウリーが心配してくれるなんて嬉しいなぁ。私“あの日”でさァ、もう腰が辛くって・・・」
「そそそそうかッ、そういうことなら男の俺には管轄外・・・」

逃げ腰になるパウリーを離すものかと手を握り締めて一層顔を近づける。

「逃げないでよパウちゃん?腰でもさすってくれればすごぉく助かるんだよねぇ・・・」
言いながらその手を自分の腰に回そうとすれば、今度こそパウリーは思い切り飛び退いた。

「ばっ、バカ言うんじゃねェ!ンな真似出来る訳ねェだろーがッ!」
「ケチね〜。せっかく心配してくれたんだからそれくらいしてくれたって良いじゃ〜ん」

逃げようとするパウリーの背中に圧し掛かればもう聞きなれた悲鳴が側で上がる。

「やめろ!俺に触んじゃねェ!」
「何?胸があたる?」
「ギャーーーッ!おまっ、とにかく離れろ!あぁチキショーッ、てめェなんかに仏心差してやった俺が馬鹿だったよ!」
「冷たくしないでよぉ。私はこーんなに愛してるんだからさぁ〜」
「うっせェハレンチ娘が!俺はてめェなんかキライだーッ!」



赤面してぎゃあぎゃあ騒ぐパウリーの首に抱きついて私は大声で笑った。
周りの船大工達も笑いながら囃し立てる。
きっとこんな風に出来るのももう最後だろう。
そう思いながら私はこの瞬間を胸に刻みつけた。







うん、これでいい。
好きになんてなってくれなくていい。
嫌ってくれていい。



だからパウリー、私のこと忘れないで―――











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