−Crazy Rainbow−


重く圧し掛かる曇天を軒下から見上げる。
この様子なら恐らくは通り雨。きっとしばらくすれば止むだろう。
濡れて色を濃くした衣服をハンカチで掃いながらちらりと隣を窺う。
しなやかな体躯に丈の長いコートを羽織ったその男は
つば広の帽子から雨水が滴り落ちるのを意に介す様子も無く
ただ静かに精悍な眼差しを驟雨に向けていた。
濡れた漆黒の髪が首筋に絡みついているのが妙に妖艶だ。
見蕩れているとその金色の瞳が一瞬こちらに向けられて鼓動が跳ねた。
しかし視線はすぐに元に戻され、私は内心で苦笑を零す。

(変な女だとか思われてんだろうなぁ)

そんなことを考えながらふと数日前に交わしたシャンクスとの会話を思い出した。
が鷹の目を見る時の目はとろりとしていて今にも溶けちまいそうだなんて言いながら赤髪の船長は豪快に笑った。

「鷹の目とまともに目が会えば大抵の奴は怯むとか怖気づくとかするもんだ。女なら尚更だろうよ。
 なのにはちっとも怯えねェ所か自分の方から見入っちまうときた。鷹の目だって珍しがってんじゃねェか?」

日の高いうちから早くも酔いの回っているシャンクスは楽しげにげらげらと笑いながら一層饒舌になる。

「そんな艶っぽい目でうっとり見つめられたらさすがの鷹の目だってびびっちま・・・っ痛ってェーッ!!」

いつの間に動いたのかシャンクスの背後にはミホークが居り
いつもは首から提げている十字架型の短剣をシャンクスの背中に突き刺していた。
戯けたことを抜かすなと低い声で迫られ、シャンクスが冗談だと必死で弁解するとミホークはふいっとまたどこかへ消えた。
信じらんねェアイツ本気で刺しやがったとぶつくさ垂れるシャンクスの背中を見れば本当にシャツには赤い血が滲んでいた。

「ったく性質の悪ィ照れ隠しだよな〜ホント」

シャンクスの言葉に目を剥く。照れ隠し?あれが?っていうかミホークが照れる?まさか。
本当にそうだとしたら物騒にもほどがある。照れ隠しごときで刺されたら堪ったもんじゃないと閉口する。
ミホークとシャンクスのこういったやり取りは何度か目にしたことがあった。
それでもシャンクスは軽口を慎んだりなどしない。
鷹の目をからかうのは命がけってことかしらとシャンクスの流血を眺めながら呆れる。
だけど例え命がけでもミホークをからかおうとするんだからシャンクスも大概だ。
痛いとシャンクスに泣きつかれて自業自得だと呆れ返っているベンを見ながらとんだ大将をもって大変ねと同情した。

それでも今回は感謝している。
私とミホークのことを完全に面白がっているシャンクスがミホークを追いかけるのに協力してくれて
前の島からここまで船に乗せてきてくれたのだから。
グランドラインにはおよそ似つかわしくないあの棺桶のような小さい船を追うのは存外骨が折れる。
それでも止めようとしないのだから私も大概か、と自嘲した。


ふいに視界が明るくなる。
見れば雨雲から日が差していつしか雨は止んでいた。

「雨、止んだね」

言い終わる前にミホークが歩き出した。
小走りで追いかけて少し後ろから付いて行く。
先ほどの暗雲が嘘のような青空。見上げて思わず息を呑んだ。
道の先には七色のアーチ。
久しぶりに見たなぁなんて郷愁の念のようなものが湧き起こり、つい見入って歩みが遅くなる。
そうすればすぐに置いていかれそうになり私は焦った。
まるで大きなアーチを潜ろうとしているかのようなその背中を追いながら。
衝動的な不安に駆られる。

虹を、追いかけているようなものかもしれない。

叶わぬ夢や不可能を追うことを虹に例えた慣用句があったっけと苦笑う。
無謀なんて百も承知で世界最強の剣豪を追いかけると決めたのは自分なのに。
不安になるなんて身勝手もいいところだけれど。

「・・・私、ミホークのこと追いかけていても良い?」

思わず口にしてしまった呟きにミホークがこちらを一瞥した。
その歩みは止まることなく変化の無い速度でただ真っ直ぐに進んでいく。
馬鹿げた質問だ。今まで勝手に付きまとっておいて突然こんなことを聞くだなんて。
言ったそばから後悔が沸き起こり、どう取り繕おうかと焦る。
こんな気弱になってる時にミホークに見放されたら本気でめげてしまう。
何か言わないと、この際何でも良いから、早く・・・っ
焦燥に駆られて慌てながら口を開いたけれど、ミホークの方が一拍早かった。


「好きにするがいい」


低くよく響く声に思わず足が止まる。
その場に立ち尽くしたまま長い裾を翻す黒いコートを目で追った。

そういえば、ミホークとあんな風に雨宿りしたのは初めてだったかもしれない。

濡れることなど気にもせずに雨の中を歩くミホークを追いかけた日のことを思い出す。
見失いたくない一身で私も一緒にびしょ濡れになり、高熱を出して倒れたという間抜けなオチが付いた。
寝込んでいる間にミホークを見失い、その後見つけるのに随分苦労したのだった。

・・・もしかして、雨宿りしたのって私のためだったり・・・?

なんて、思い上がりも甚だしいか。気まぐれが服着て歩いてるような人だし。
自分に良いように解釈し過ぎだなと恥じる。
だけど。

「・・・好きにするがいい」

わざと低い声をだしてミホークを真似てみる。
どうしようもなく自分の顔がにやけるのを感じた。
これは、“快諾”の意だ。
他の人が聞いたらどこがだと呆れられるだろう。でもこれは間違いない。
これまで伊達にあの偏屈な人に付いて回っていた訳ではない。
ミホークは否と思っている時ははっきりとそれを示し、そして確実にそれに従わせる。
あしらわれたり無視されたりなんてざらだ。興味のないものにはとことん反応を示さない。
そのミホークが好きにしろと言った。好きにしろ。つまり、好きにしていいと。

・・・いや、そもそも私ミホークにはっきり拒絶されたことって実はそんなにないかも?
政府関係の集まりの時は来るなって言われたけど、あとは・・・あれ?私もしかして実は結構好かれてる?
自分に都合のいいように誇大解釈してすっかり上機嫌だなんて現金もいいところだ。
だけど鷹の目を追いかけるなんてこれくらいの図太さがなければやっていけない。
私は満面の笑みでその威厳に満ちた後姿に向かって走り出した。












ふいに背後で立ち止まった足音を知りながら、ミホークはぬかるんだ道を歩き続けた。
自分のセリフを思い返して珍妙な事もあったものだと密かに薄笑う。

ひょんなことから自分に付きまといだした女をはじめは物好きな奴もいたものだと一蹴した。
しかしながらすぐに飽きるだろうという自分の思惑は見事に外れた。
向けられる好意は猪突猛進とでも言うべきか。
しかしその一見単純に見えるものに思わぬ動揺をもたらされることもある。
自分の平静を崩す人間などそうそういるものでもない。
面白い。興味深い。そう他人事のように思う。
けれどそれすらも彼女は全身でもって掻き乱していくのだった。
いつかこんな余裕すら奪われる日が来るかもしれない。

(俺が手玉に取られるか、フッ・・・それも悪くない)


ぱたぱたと駆けてきたが自分の隣に並びミホークの名を呼んだ。
その声は笑んでいる。恐らくはその表情も。
けれどミホークはそちらをわざと向かなかった。
その笑顔を見たら心が乱れる気がした。
いや、とミホークはその思考を打ち消す。
そう思う時点ですでに自分は乱されているのだと。
微かにその口元が緩む。

「あれ、ミホーク今笑った?」
「・・・さあな」
「え、うそ、しまったちゃんと見てなかった!ね、もっかい笑って!?」
「・・・・・・・・」
「ねえミホークってば〜!」
「知らん」





二人の行く先で大空に掛かった淡色の橋は既に消え始めていた。
もちろん誰一人としてそれに届く者などなく。その麓に辿り着く者もなく。
けれどがじゃれつくように触れたそこにはしっかりとミホークの感触があった。
手触りが。温もりが。重みが。
濡れた地面には二人分の足跡が並んで海へと続いていた。



















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 オマケ↓


















「ぶふーッ!見てみろあの鷹の目の緩んだ面!おいベン!お前も見てみろって!」

道行く二人から十数メートル離れた飲み屋のガラス窓にはびたんと額を貼り付けてにたにたと笑う
全く以て風采の上がらない赤髪海賊団船長の姿があった。


「お頭いい加減にしろ。アンタそのうち本当に鷹の目に斬られるぞ」
「ンだよ、固ェこと言うなって〜」

かんらかんらと笑うシャンクスに思わずベンが嘆息した。
こういう時のこの人は子供が図体だけデカくなったようなもんだと頭を抱えて。

琥珀色のとろりとした液体の入ったグラスをからりと鳴らしてベンも視線を外へと向ける。
鷹の目と呼ばれる男は相変わらずの無表情に映った。それでもシャンクスは変わったと言って笑うのだ。
にわかに信じがたいような気分でシャンクスに問いかける。

「鷹の目が本気だとでもいうのか?」

意外か?とシャンクスがにやりと口角を上げて問えば肩を竦めてみせた。
赤い髪を揺らしながらクックと笑い、シャンクスは再び外を見遣る。

「俺はそうでもねェけどなァ。“暇つぶし”探しが趣味の野郎だぜ?
 そんなヤツがあんな格好の餌食みすみす逃すかよ。
 まぁまさか鷹の目もミイラ取りがミイラになるたァ思ってもみなかっただろうけどな」

視線の先の二人を見据えて可笑しくてたまらないというようにシャンクスはにやけた。

「傑作なのはそれをミイラ本人が露ほども自覚してねェことだ」

願わくばあの仏頂面を思い切り翻弄してもらいてェもんだなと意地の悪い笑みを浮かべる。
見てみてェ〜!とはしゃぐ様は子供のようでベンは再び苦笑した。
しかしそれが実現したら本当に見物だな、とこっそり共感しながら。
















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 私はどうしてもミホークとシャンクスを絡ませたいらしい・・・