−misbutton−
「サンジ〜、腹減った〜何か作ってくれぇ〜」
「ここお前ェの家だろーが!ったく、ちったぁ客を遇すって事を覚えろルフィ」
「そりゃ無理だな、ルフィだぞ?」
「無理だろ、ルフィだし」
「お前ェら失敬だな!」
「テメーらもぐだぐだ言ってねーで手伝えッ!」
終業式で学校が早めに終わった四人はルフィ宅に押し掛け
初夏と言っても茹だるような暑さに四人(うち一人は空腹により)はだらりとソファに身を投げていた。
「俺なんかさっぱりしたもんが食いてぇな〜」
「なんでもいいからさっさと食えるモン」
「俺がっつり肉食いてぇ!」
「・・・テメーの辞書に夏バテって言葉はなさそうだな」
サンジは冷蔵庫を物色しながら、素麺の肉餡かけでも作るかと調理をはじめた。
ジューッという美味しそうな音がしてきた頃、突然リビングの窓がガラッと開いた。
「なんかイイ匂いするー!・・・って、ありゃお客さんか」
突然窓から乱入してきた少女に三人は目を丸くし、ルフィだけが呑気に「お〜、か〜!」と返事をした。
と呼ばれた少女を確認すると、ゾロは呆れ顔になり、ウソップはびっくりさせんなよと胸を撫で下ろした。
「オメー玄関すぐそこなんだからそっちから入ってこいよ…」
「いいじゃない別に。ゾロの家じゃないんだから。ねールフィ?」
「しししッ、いつもの事だしな」
そんなやり取りに一人取り残されたサンジが慌てたように尋ねた。
「おい!誰だその可愛らしいレディーは!?」
「あれ?そっか、サンジはと会うのはじめてだっけっか」
「きゃー!可愛らしいだって!」
「調子のんなよ、」
「サンジのは社交辞令だからな」
「うるさいよ、この芝生頭にピノッキオが!」
二人にべーっと思い切り舌を出すと、はサンジに向き直ってにっこり笑った。
「ルフィと幼なじみの可愛らしいでぇーす。
お近付きのシルシにぜひ私もお相伴にあずかりたいなぁ〜なんて」
小首傾げながら笑顔で図々しいおねだりをするにサンジは鼻の舌を伸ばした。
それを見て「がめつい・・・」とぼそり呟いたゾロと「女ルフィだな」と笑ったウソップは顔面にクッションをくらった。
素麺を啜りながら、サンジはに羨望の眼差しを向けた。
「しっかしルフィにこんな可愛い幼なじみがいたとはなぁ。俺も欲しかったぜ、ちゃんみたいな幼なじみ!」
ルフィと高校で知り合ったサンジは、中学から一緒の二人と違いとは初対面だった。
幼なじみって響きが甘酸っぱくてイイよな〜なんて言いながら目をハートにしているサンジにゾロが顔をしかめる。
「お前はコイツの本性知らねーからそんな事言えんだよ」
「そーだぞ、ルフィなんか散々被害に合ってんだから」
「被害?」
サンジが尋ねると、あっという間に食べおわったルフィがお腹を擦りながら話し始めた。
「そーだなぁ、例えば家に帰ってきたら隠してたエロ本全部机の上に並べてあったりよォ」
ルフィの言葉を聞いてサンジが素麺を吹き出した。
それを見てがけらけらと可笑しそうに笑う。
「だってなんの捻りもなくベッドの下なんかに置いてあったから、キレーに並べて置いてあげたの。ティッシュボックスも添えてね」
語尾にハートマークを付けながら話すに、サンジが青ざめる。
「俺部屋入った瞬間思わずぎゃーって叫んじまったぞ」
「そんではそれ聞いて爆笑してたんだよな?」
「やる事がえげつねーんだよてめェは」
はそれでも悪怯れせずに笑っている。
「あと、ついこの間まで朝寝てる俺の布団に潜り込んでみたりよォ」
「何ぃ!?そりゃオイシイじゃねーか!」
「バーカ、冷静に考えてみろよ。朝一だぜ?」
ウソップの言葉の意味が分かり、サンジが黙り込む。
「お前なぁ、思春期男子の朝ナメんなよ?」
ゾロの苦々しい口振りには
「だって男の子が朝もよおしてるなんて最近知ったんだもん」
とケロリと答えた。
明け透けに話をするにサンジはまたもむせた。他の三人はもう慣れっこのようだった。
そんな慌ただしい食事が終わった頃、がふいにルフィに尋ねた。
「ねぇ、そろそろエースが帰ってくる頃だよね?」
「ん?あぁ、そーだな・・・」
目を輝かせて話すとは対照的に、ルフィはどこか歯切れが悪かった。
「そっか、ルフィと幼なじみって事はエースとも幼なじみなんだね」
「うん!あ、サンジ君もエースとは面識あるんだね」
「あぁ、うちのOBだから時々高校に来たりしてたし」
「いーなぁ、私も同じ高校に行きたかったなぁ・・・って言っても男子校じゃ無理だけどね」
楽しげに話すに、ルフィの笑顔はどこか曇ったものだった。
そんなルフィらしからぬ表情にサンジ達はこの三人の関係性がなんとなく分かった気がした。
その晩、ルフィは自室のベッドにごろりと横になり視線を宙に彷徨わせた。
エースが帰ってくる。それは嬉しいことのはずなのに、と三人で会う事を考えると気持ちが重くなる。
昔はこんなんじゃなかったのに・・・。
でも分かっていた。こうなった原因は自分にあるのだと。
子供の頃、三人は本当の兄弟のように遊んだ。
どこに行くにも何をするにも三人は一緒だった。
けれど徐々に変化は訪れた。
のエースを見る目には、憧憬に近い思慕が含まれていることにルフィは気付きはじめたのだ。
いつも天真爛漫なが、エースの前ではふいにおとなしくなったりすることに最初は訝しさを感じていたが
年を重ねるにつれて段々その意味が分かってきた。
そして同時に、自分の中にそれを妬む気持ちが生まれた。はじめは恐らく双方に対して。
自分の兄を取られそうでに嫉妬し、反対に大事な友達を取られそうでエースに嫉妬した。
けれど徐々にが自分にとって特別な女の子だと感じ始めると、それは専らエースに向けられる事になった。
それでもの片思いだったうちはなんとか均衡を保てていたのだ。
しかしある日、いつものように三人で遊んでいると、ふいにエースがに向けた見守るように温かな表情が目に付いた。
その眼差しの中には自分がに向けるものと同じ感情が含まれている気がしたのだ。
―――イヤだ、を取られたくない・・・
そんな子供じみた独占欲がルフィの中に渦巻いた。そしてつい我慢できなくなり、ルフィは口にしてしまったのだ。
「エース、俺が好きだ」
が帰ったあと突然そう告げると、エースは驚きに目を見開きルフィを凝視した。
やがて苦笑して「・・・そっか」と呟きルフィの頭を撫でた。その表情に切ないものを感じてルフィは胸が痛んだ。
自分はズルをしたのだ、そう思った。
これじゃあまるで、だからに手を出すなと言ってるようなものだ。
エースは小さい頃からルフィに優しかった。
エースの持っているオモチャやお菓子をねだれば、大抵はしょうがねぇなぁと笑って譲ってくれた。
きっとの事もそれと同じように・・・という気持ちが自分のどこかにあったような気がしてならなかった。
自分への嫌悪感と罪悪感に蝕まれながら、かといって一度言ってしまったものを今更取り消すことも出来ず
ルフィはどんどん身動きが取れなくなっていった。
それから月日が経ち、エースに彼女が出来たことを知った。
これを知ればきっとは傷つく、だから言っちゃだめだ。そう決意していた。
しかし、二人でいる時に頬を染めながらエースの事を嬉しそうに話すを見て、心が決壊した。
「エースは彼女がいるんだ。がいくら好きでももうダメなんだよ!」
そう告げた時のの顔が今も脳裏に焼き付いて離れない。
は大きな目をさらに大きく瞠ると、やがて顔を歪めてぼろぼれと泣きだしたのだ。
「なんでそんな言い方するの!?ルフィ最低だよ!大ッ嫌い!」
泣きながら部屋を飛び出したに、ただどうすることも出来ず立ち尽くした。
を傷つけてしまった、なんでこんな事をしてしまったんだろう・・・
こんなことがしたい訳じゃなかったのに、ただに自分を見て欲しかっただけなのに・・・
やりきれない後悔で胸が締め付けられた。
その後すぐに謝罪したが、しばらくはぎこちない雰囲気が漂った。
けれどエースが大学進学を期に家を出てから、徐々に二人は新たな関係を築くことが出来たのだ。
まるで昔の二人のように仲良く過ごせるようになり、ルフィは安堵した。
しかしそれでも、こうしてエースの帰省が近づく度に心は再び軋みを立てるのだった。
それから数日が経ったある日、ゾロ達と遊んでから家に帰るとリビングで寛ぐエースの姿があった。
「エース!」
「よぉルフィ、ただいま・・・っつーか、おかえりか?」
にかっと笑いかけるエースにルフィも破顔して駆け寄った。
「早かったんだな!」
「おー、バイト休み取れたから早めに帰ってきたんだ」
そんな風に話しながら、二人はルフィの部屋へと移動した。
ルフィが自室のカーテンを開けると、その向かいにある隣の家の部屋の窓が同時に開いた。
がタイミングよく開けたらしく、こちらの様子に気づくと満面の笑みを見せた。
「エース!もう帰ってきてたんだ!」
「おう、さっきな」
「待ってて、私も今からそっちに行くから!」
慌てたようにそう告げると、は部屋を出て行った。そんなをルフィは憮然とした面持ちで見送る。
「前は柵乗り越えて窓から入ってきたのに、もちったァ女らしくなったか?」
「・・・今でも窓から入ってくるぞ」
大股開いて、と口を尖らせるルフィにエースが笑う。
「まぁ久しぶりに会う人間には成長したとこ見せてェもんだからな」
可笑しそうに言うエースの言葉に、そうではないとルフィは思った。
意識していない自分の前では見せないしおらしさをエースには向けるのだと。
それから三人は、エースの大学での話や二人の高校の話、バイトや友達の話など尽きることなく話し続けた。
それは一見するとかつての三人のようだったが、ルフィの心の奥底はずっと波打ち続けていた。
その日、ルフィは夢を見た。それは高校に入ったばかりの頃の記憶。
三人で遊んでいると、がルフィの制服のシャツを指差して笑った。
「ルフィ、ボタン掛け違えてるよ?」
シャツのボタンは掛け違えたせいで、ひとつあまっていた。
それは何故か自分の姿と重なって見えた。苦しくなって、ぶちりとそれをちぎった。
「何やってんのルフィ!?バカだなぁ、面倒臭がらないでちゃんとはじめから掛けなおせばいいのに」
そう・・・そうだ、掛けなおせば良かったんだ。なのに俺はそれをちぎって捨てちまった。
俺が邪魔しなければ二人は恋人同士になれたかもしれない。
間違えに気づいた時にすぐに掛けなおせば間に合ったかもしれないのに。
もう戻せない・・・掛け違えたボタンを俺は捨てちまった――――
わだかまりを抱えたまま日々は過ぎ、ついに夏休みも最終日となった。
ルフィは夕食を終えると、花火でもやりてェなとふいに思い立ちエースの部屋へと向かった。
部屋を覗くとエースは電話をしているところで、どうやら相手は女のようだった。何の気なしにルフィは彼女かと尋ねた。
「いや、彼女とは別れたんだ」
そのひと言にルフィは衝撃を受けて固まった。その様子にエースが苦笑する。
「心配しなくても、を取ったりしねーよ」
その言葉に全身がカーッと熱くなる。きっと自分はこの世の終わりみたいな顔をしていたんだろう。
―――を取られたくねェ・・・でも、もう間違っちゃいけねーんだッ!
過去の過ちを償いたいと、ルフィの心は暴走した。
何が正しいかなんて考える余裕もなくルフィは部屋を飛び出した。
「おいっ、ルフィ!?」
エースの言葉も聞かずに自分の部屋へ駆け込むと、勢いよく窓を開いて大声で叫んだ。
「っ!!っ!!!」
ルフィの剣幕に驚きながらが窓を開ける。
「ちょっとルフィ!近所迷惑よ?一体何」
「エースが彼女と別れた!」
ルフィの言葉にが目を見開く。
「だからエースを好きになっていいんだ!だからもうは・・・」
捲くし立てるとの表情がどんどん苦痛に歪められていくのが分かった。
「・・・?」
「なんで・・・なんでそんなこと言うのよ?
ルフィは私の気持ちなんて全然分かってない!馬鹿ルフィ!大っ嫌い!!」
ぼろぼろと大粒の涙を流して走り去るを呆然と見送る。それはまるであの日の繰り返しのようだった。
なんで・・・俺は、また間違えたのか・・・?
そんな二人の様子を陰から見つめ、扉の前でエースはため息を吐いた。
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