−お舞い−



ぜー・・・ はー・・・

音になりきれない掠れた振動が呼吸するたびに喉を往復する。

ぼんやりした眼で私の顔を覗き込んでくる“それ”を認識した。
それは子供の頃持っていたオモチャの兵隊のように見事にまん丸な目をぱちぱちさせている。


・・・・・・・・・なんでこの人ここにいんの・・・・・・・・・・?


熱で朦朧とした頭は深く考えることを放棄している。

・・・夢かな?・・・でも夢だとしても、あんまり良い夢じゃないな・・・

ー、生きておるかー?」

・・・夢しゃべった・・・

「ふむ、あんまり大丈夫じゃなさそうじゃのう」

ぺたりとおでこに当てられて手がリアル過ぎて、夢でないことに絶望する。


ここは私の家で、彼は同じ職場の人で(とはいっても事務と現場だから大分違うんだけど)
それ以上でも以下でもない、はず。
顔を合わせればいいようにイジられる。言ってもその程度の関係。
そんな人が具合悪くて休んでいる私の家にいる理由を考えると・・・


・・・ダメだ・・・トドメを刺しにきたか追い討ちかけにきたくらいしか思いつかない・・・



「ん?なんじゃ?・・・」

喉をやられていて声が出ないけれど、とりあえず意思を伝えてみようと口を動かしてみる。

「ど、う、や、っ、て・・・? は、い・・・ あぁ、“どうやって入ったか”か? 窓じゃ、窓!」

窓じゃ、じゃねーよ・・・何をそんな堂々と・・・っていうか鍵は?
私の知らないうちに『職長クラスは不法侵入しても無罪』とかいう法律でも出来たんだろうか・・・
W7はなんて生きにくい街になったんだろう・・・アイスバーグさん、いくら市長でもやっていいことと悪いことが・・・

正常に働かない頭でロクでもないことを半ば本気で考えながら
とりあえずこの人を何とかしないとという意思だけが働いた。


「ん?今度は何じゃ?・・・あ、え、て・・・?
 おぉ!なんじゃ、ワシに“会えて”そんなに嬉しかったか?可愛いヤツじゃのう」

なんだこの人・・・“帰って”がどうしたらそんなに飛躍するんだ。
勝手にご機嫌になってるカク職長に頭痛が酷くなる。
いや、頭痛めてる場合じゃない。帰ってもらわねば。今日普通に平日だし。今ばりばり勤務時間だし。
私一人休むのと職長一人居ないんじゃ訳が違うんだから。


「お、何じゃ何じゃ ・・・か・く・しょ・・・・“カク職長”・・・・・・・・“抱きしめて”?
 わははは!は病気すると随分大胆になるのう!」

もう死ねばいいよ。 “仕事行け”はどうやったって“抱きしめて”にはならんだろうが・・・ッ!
絶対わざとだ・・・・・・もういい・・・疲れた・・・


本気でぐったりしているとカク職長が何かを思い出したかのように袋を取り出してきた。
それは最近出来たばかりのチーズケーキ専門店の紙袋。連日長蛇の列が出来ている人気店だ。

「これのう、のお見舞いにと思って買ってきたんじゃよ。嬉しいじゃろう?」

“お見舞い”という単語を耳にして、あぁ・・・この人お見舞いに来たんだ・・・、と今更ながらに理解した。
得意げにチーズケーキをちらつかせるカク職長を見て、病人にチーズケーキというチョイスは如何なものかとは思ったが
私が食べたいって言ってたのを覚えていてくれたんだなと思い当たると素直に感謝の気持ちが沸き起こった。
・・・やっぱり病気になると気が弱くなるって本当だな。

「ほれ、食べてみんか?」

そうは言ってもさすがに食欲ないし、こんなもったりとしたもの食べたら気持ち悪くなることは必至。
目の前で食べて欲しいという気持ちは理解できるが、丁重にお断りしようと
首を横にふりながら今出来る精一杯の笑顔で “ありがとうございます、でも今は食べれません” と口を動かした。

―――ところが。
こちらは誠心誠意込めて対応したというのに、あろうことかこの男はぷくっと膨れっ面を見せやがった。

・・・いやいやいや、なんだお前。その“ワシせっかく並んだのに!”みたいな駄々っ子ぶりは。
違うでしょーが。目的はアンタのチーズケーキ食わすことじゃなくて見舞いでしょ?
私の体調がメインでしょうが。どんだけゴーイングマイウェイだこの人。


しかしよっぽど納得いかないのか、私の枕元でチーズケーキをぱたぱたと手で扇いで匂いを届けようとする。
ほ〜ら、美味しそうじゃろ〜?みたいな感じで。
食えねえっつってんだろーが!

さすがにこれには青筋立てて睨んでみせると、カク職長はげらげらと笑い出した。
どうやら自分の非道っぷりがツボに入ったらしい。アホか・・・

けどあんまり楽しそうなのでついこっちまで笑いそうになる。
まぁ本気じゃないのは分かってた。ふざけて遊んでいるのも。ただTPOって言葉知ってるか?とは思ったけど。


「冗談じゃジョーダン!冷蔵庫に入れておくからの。元気になったら食べるといいわい」

見れば枕元にはいつの間にか薬と水が用意されており、意外とまともに見舞いに来てくれていたらしいことを知った。

「じゃあワシ仕事に戻るからの。寂しくなったら会社の電伝虫にかけて呼び出してもいいんじゃぞ?」
声出ないのに電伝虫ムリ、とは言わなかった。ここは素直に気持ちだけありがたく受取っておこう。


当たり前のように窓から出て行こうとする職長をぼんやり見遣り、この人ほんとになんでもありだなぁと
呆れるを通り越して感心していた。するとふいに振り返ったカク職長と目が合う。


がおらんとつまらんからのう。早く治すんじゃぞ」


そう言い残して外へと消えていった。



―――あれ?なんか嬉しいぞ・・・?


すっかり熱にやられて溶けた脳みそは
後日これにかこつけてほぼ100%間違いなく恩を売られるであろうことも、
ヤツが開けっ放しにしていった窓を病人の私がふらふらしながら閉めに行かなければならないことも
全く頭に過ぎらせることはなかった。

ただひたすらに熱に浮かされて、カク職長を特別に想うようになる予感などというものを抱き始めていた。


・・・でもきっとこれは熱のせいだ。
正常になれば私はきっと頑丈な窓の鍵を買いに行くだろう。










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 カクたんキャラ崩壊・・・ごめんなさいっ!m(_;)m