たせない約束−



この人は・・・誰だろう?


目の前で立ち尽くすその人を見てそんな感想を抱いた。


私にはカクという恋人がいる。
長い角ばった鼻と大きな丸い目が特徴的な長身の彼が。
笑顔が愛らしく爽やかで人の良い、W7においてアイドル的存在のガレーラカンパニーの職長。
・・・なーんて完璧な外面の良さを持つその実腹黒くてしたたかで食えない男。

今目の前に立っている長身の男も彼と全く同じ容姿をしているのだが。
でもこれがカク?
だってこんなカク見たこと無い。

端的に言えばおろおろしている。
でもそのおろおろの仕方が半端じゃないのだ。
もう天地がひっくり返ったんじゃないかってくらいおろおろおろおろ。
あのいっつも斜に構えて小憎らしい程の余裕をかましているあのカクが?
やっぱりこの人は別人なんじゃないだろうか。


「じゃ、あ・・・大丈夫・・・なん、じゃな・・・?」


ようやく開かれた口から紡がれた声はやはり聞きなれたカクの声。
けれど、そんな気弱な喋り方聞いたことがないし、ひどく呼吸が乱れている。
そんな様子に困惑しながら聞かれた質問に対して頷いて見せた。



今日会社の階段でうっかり足を滑らせてかなり高い位置から一気に転落した。
反射的に顔だけは!とか女優みたいなことを思ったあたり腐っても女だなぁと思う。
けれど顔を庇ったばっかりに頭をもろにぶつけてしまい、脳震盪で倒れて病院へ。
我ながら鈍臭いなと情けなくなったけど、それ以上にあんな高さから落ちて無傷だった自分の頑丈さに呆れてしまう。
そうは言っても打ったのが頭だったため一応様子をみるということで今日は検査入院。
腕に刺してある点滴を眺めながらこれ抜く時また痛いんだろうなーなんて悠長なことを考えていたら
カクが病室の扉を蹴破らん勢いで入ってきた。勢いっていうか、あれどう見ても扉壊れてない・・・?
ぎょっとした私の姿を見て、はぁはぁと息を切らしながら

・・・っていうか息を切らして?あのカクが?

あの屋根から屋根をびゅんびゅん飛び回っても平然としてる身体能力が異常に高くて体力も鬼みたいにあるカクが?
信じられないけれど、現にカクは目の前で未だに肩で息してる。
やっぱり偽者なんじゃ・・・?

まぁとにかく心配して来てくれたのだろうことは察したので、ことの顛末を説明した所、先ほどの返事がきた訳で。
容態が分からなくて心配してくれたのだろうけれど、事実を知れば何て事は無い。
きっとまたいつものムカつく笑みで阿呆じゃなーって呆れられたりもしくは注意力散漫じゃとか怒られたりするんだろう。
やだなーと思ったけれど、わざわざ来てくれたのだから説明しない訳にもいかずしぶしぶ話した。
その間ずっと棒立ちになっていたカクが、ようやく動く。

かと思うと私の寝ているベッドの脇に跪いた。
体中の空気を全部吐き出すようなため息と共に。

予想外の行動に呆気に取られながらカクを見下ろす。
丁度私が座っている脇に顔を突っ伏したカクはしばらく動かなかった。
荒い呼吸がその肩を上下させるだけ。


「そうか・・・」


零すようにカクは言った。そうか。もう一度。
そしてたっぷり間を空けて再び繰り返した。そうか・・・
意味の無い言葉は脱力しきった声と共に、けれど確かに安堵の色を含んでいて。

・・・これほんとにカク?

しつこいけれどそう思ってしまう。

だってカクだよ?ドックで丸太の雪崩にパウリーが潰された時も腹抱えて人一倍笑ってたあのカクだよ?
ハットリが肋骨怪我したとかであの仏頂面のルッチが珍しく顔を曇らせてた時に飲み屋の隣で堂々とささ身注文したカクだよ?
人の不幸は蜜の味と言わんばかりのカクだよ?人で無しの代名詞・・・ってさすがにそれは言い過ぎかもしれないけど。
とにかくそんなカクのことだから、階段から落ちたなんて馬鹿にされるに決まってると覚悟してたし
ましてやそれで無傷だったなんて絶対笑ったり嫌味言ったりされると思ってたのに。

だけど私の横に項垂れてるこの人は、見たこと無いほど不安げな顔をして
普段ほとんど掻かない汗を流して、呼吸を乱して、恐る恐る手を差し出して、私に触れたその手はなんと震えていた。
その震えを抑えるように握り返すと、上げられた顔は泣きそうに歪んでいた。

「心配かけて・・・ごめんね?」
「そんな言葉いらん・・・」

吐き捨てるように掠れた声でそう呟いたカクは握り締めた私の手に額をあてて。
それはまるで何かを祈っている姿のようにも見えた。


「そんな言葉なんぞいらんから・・・頼む、もう二度と怪我なんてせんでくれ・・・」


今にも消えてしまいそうな声を、絞り出すようにして。


「ワシの知らん所でこんな・・・・・・一生のお願いじゃ、もう、二度と・・・」


生きていたら多かれ少なかれ怪我くらいするし、今後の人生でもう二度としないなんて不可能なのに。
それでもカクは懇願する。必死で、本気で、心の底から吐き出すように。


「勝手にいなくなったりせんでくれ・・・後生じゃ・・・」


切羽詰った切ない声に、どうしようもないほど胸が締め付けられた。苦しくて、仕方がない。


救急用のヤガラを手配してくれたのはカリファさんだった。
恐らくカクも彼女から知らされたはず。
彼女がいい加減な説明をするはずはないし、ちゃんと説明を聞けば私の怪我が大した事ないなんてすぐわかる事なのに。
きっとカクはろくに話も聞かずに飛び出してきたんだろう。
私に会うまでの間、死ぬほど心配して、怯えて、最悪の事態を頭に過ぎらせて―――

バカだなぁ・・・いつもはそんな迂闊なことしないのに。
もっと思慮深くてさ、狡猾で、余裕綽々で、振り回されるのはいつもこっちの方なのに。

ねぇカク、手が痛いよ・・・そんなに強く握られたら、折れちゃうよ・・・
バカね、私はそんなに簡単に死んだりしないのに。
見てよ、この頑丈っぷり。笑っちゃうでしょ?


ねぇカク・・・ごめん。心配かけてごめん。不安にさせてごめん。ほんとに、ほんとにごめん。
ねぇ、だから、顔あげてよ?


見慣れた作業着に滲む汗に、痛いほどに握り締められた手に、キャップの下に隠れた頼りない表情に。
どうしようもなく、泣けてくる。


点滴のついた方の手も伸ばして、私はカクの頬に触れた。
手に流れたそれは汗なのか涙なのか分からない。
けれどどうしようもなく愛おしい気持ちになって。
なんだか私が守ってあげたいなんて思ってしまって。
出来るだけ優しい声になるように、私は笑んでみせた。。


「うん、約束するよ・・・」


本当は約束を破るのは嫌いなんだけど。
だから出来ない約束なんてしたくないんだけど。
けれど私は今こうして到底守れるはずのない約束をした。
互いに果たせるはずも無いと分かりきっている約束。
でもそれが今私達には必要だったから。
カクを少しでも安心させてあげられるならば。


ようやく肩の力を抜いたカクは、正真正銘、私の大事なカクだった。


 

 

 






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 ほら、早くいつもの憎たらしい笑顔を見せてよ