−ありふれた々−


夕映えに焼かれた二つの陰が長く長く伸びる。
ただでさえ長身の彼の影は一際長い。
ずうっと先まで目で追うと網膜に残像が焼き付いてちかちかと眩んだ。

、これはちと買いすぎじゃないかのう」

左手に持った買い物袋をがさがさいわせて持ち直しながらカクが言った。
大きく膨らんだ袋は見るからにずっしりと重く、私なら両手で抱え込んでやっとだろう。
いくつかの袋に分散させて二人で半分こずつ持つつもりだったのに
カクはどんどん袋に詰め込んで私が口を出す間もなくひょいと持ち上げすたすた歩き出してしまった。
普段こんなの比にならないような力仕事をしている彼にとってこれくらいなんでもないのだろうけど。
ふいに男らしさを垣間見せられてとなんだかどきどきしてしまった。
空いた右手であたりまえのように私の手を取るから尚更に。

「安かったからって調子乗りすぎちゃったかねぇ」

繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら言えばそうじゃのうとまた袋をがさがさ鳴らした。
丁度時間はお店がタイムセールスを始めるあたりで商店街は活気に溢れていた。
ガレーラの職長として名の知れた彼はどこへいっても声を掛けられる。
カク職長なら安くまけとくよ、なんてあちこちで言われているうちにこんな量になってしまったのだ。

子供からお年寄りまで誰もがカクに手を振り声を掛ける。
それに愛想よく応えてみせる様を隣で見守って、彼が人気なのも当然だなと感じた。
そんな人が自分の隣にいることを時々不思議に思うこともある。カクは全くそんな事気にしていないようだけれど。
さっき水水ハクサイを売っていたおじさんに「カク職長こんな可愛い彼女とデートだなんて良いねぇ」なんて冷やかされても
「いいじゃろう、自慢の彼女じゃ。死んでもやらんぞ」なんてカクは笑いながらも本気で言うのだ。
とんだ惚気カップルだと小さくなったけれどおじさんがからからと笑ってくれたお陰で救われた。
私の小さな不安をカクはさらりと解消してしまう。
それが照れくさくも嬉しくて、私はまたぶんぶんと繋いだ手を揺らした。

水の都が一面オレンジに染め上がる様は本当に綺麗だ。
オレンジ色の水路をヤガラがニーニーと鳴きながら通り過ぎていく。
家々からは夕飯の匂いが漂い始めて、それにつられるように空腹を覚えた。
「腹が減ったのう」
私が思うと同時にカクがそう言うから、自然と口が綻んだ。
「早く帰ってご飯にしようね」
笑って言えばカクもこちらを向いて目を細める。
そのカクの顔もオレンジ色に照らされた。
カクにはオレンジが似合うなと思った。

遠くで女の人がご飯よーなんて誰かに呼びかける声が聞こえる。
そしてすぐ後にはーい!となんとも元気な声。
「子供は元気じゃのう」
何ジジくさい事言ってんのと笑えばワシまだ23じゃと膨れるカク。
その妙に子供っぽい表情がなんだか可愛くて、いっそう笑ってしまったらカクもにつられるように破顔した。

日が落ちてくると段々風を冷たく感じる。
そろそろ上着を出さないといけないかもしれない。
そんなことを思いながら見上げるとカクも首を竦めていた。
あ、そうだ。
「カク、マフラー編んだら貰ってくれる?」
が、ワシに編んでくれるのか?」
丸い目を大きく開いてきょとんとするカクに頷く。
自分や家族に編んだことはあるけれど、男の人にあげるのは初めてだ。
どきどきしているとやがてカクは惚けたように
「そりゃあ楽しみじゃのう・・・」
とぽつり零すように呟いた。
それに機嫌を良くしてにいっと笑い、私はまたぶんぶんと手を揺らす。
その頬に赤みが差したように見えるのは夕日のせいじゃなければいいな。

オレンジ色のマフラー。白を差し色にして。あ、端っこにぼんぼりを付けたら可愛いかも。
想像したらおかしくて顔は緩んでいくばかり。
「冬はそれ巻いて一緒にスケートでも行こうか」
話しかけると未だカクは惚けたようにしていた。
「カク?」
「お?おぉ・・・そうじゃのう」
そりゃあ楽しみじゃとさっきと同じようなことを繰り返す。
そんなカクに首を傾げながらもそれほど気に留めずに、私は二人で迎える初めての冬に想いを馳せた。
色んなイベントもあるし、二人で色んな所に出掛けるのも楽しいだろう。
こんな風に歩けば真っ白な雪の上には二人分の並んだ足跡が点々と続いて。
想像するときゅっきゅっと鳴く雪の音まで聞こえてきそうな気がした。

きっと彼には、雪が似合う。
そうして白い息を吐く彼を私の編んだマフラーで温められたらどんなに嬉しいだろう。
温かな気持ちになりながら冬にしたいことをあれやこれやと口にする。
それにカクは小さく相槌を打っていた。


ふと、カクの歩みが遅くなったことに気づいて顔を上げる。
けれど夕日が眩しくてあまり表情が見えない。思わず眉を顰めた。
「カク?」
呼びかけるとその足は止まり。カクがこちらに向き直った。
海に沈む前の一際燃える太陽が眩しくて陽射しを手で遮る。
ようやく見えた彼の表情には陰りが差して。
なんだかその表情は戸惑っているような心細いようなそんな風に見えた。
初めて見る表情に胸の奥がざわざわと騒ぐ。
「カク・・・?」
問うように名を呼べばカクは切なげに眉を寄せながら微笑んだ。

「なんだか、幸せ過ぎるのう」

こんな風にお前さんと手を繋いで買い物をして。
当たり前のようにその先の約束をして。
お前さんが編んでくれたマフラーを巻いて。
当たり前のようにワシの隣にはお前さんがおって。
そんなのは、なんだか、幸せじゃ。


カクの言葉を聞きながら私は目元にかざしていた右手をだらりと下げた。
幸せだというのならなぜそんな苦しそうにするのだろう。
まるで子供のような。
まるで、今にも泣きそうな。
ねえ、どうしてそんな顔するの?

別に特別なことを言った訳じゃないのに。
ごくありふれたことなのに。

些細なことにも幸せを感じられるのは大事なことだと誰かが言っていた。
でも、こんなのは悲しいよ。
ねえカク。こんなことでそんな顔しないでよ。
そんなのは、嫌だよ。
これは、あなたにとって当たり前にはならないことなの?

ねえカク。私たちは当たり前に一緒にいられるんでしょう?
ずっとずっと一緒にいられるんでしょう?

そう言いたかったけれどそれは言葉にならずに喉の奥に詰まってしまった。
鼻の奥がつんとして慌ててぐっとこらえた。ここで泣いたらいけない。
今度は私がカクの不安を取り払ってあげなければ。
繋いだ手にぐっと力を込めて握ると切なげな双眸が私を見つめた。
必死に笑顔を作って明るい声をだす。

「早く帰ってご飯食べよう?」

そっとカクの手を引いて家路へと歩き出せば。
そうじゃな、と呟いてカクも笑った。
もうペコペコじゃと言う彼はもうすっかりいつも通りで。
さっきの見たことない彼の面影はどこにもなかった。


寒くなったら一緒にお鍋でもしようか。
お鍋ならガレーラの人たちも呼んでみんなでわいわいやりながら。
温かいシチューなんかもいいね。

約束もたくさんしようよ。
予定をいっぱい立てて、一緒に色んなところに行こう。
あなたとしたいことまだまだたくさんあるんだから。

だから、当たり前のように側にいてよ。
それをあなたの日常にしてよ。
泣きそうな顔で幸せすぎるなんて言わないで。
お願いだから。



薄暗くなってきた空には気の早い月が白々と浮かび。
黄昏のオレンジは闇夜に飲まれていった。









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 あなたを繋ぎ止めるものになりたかった。