カタカタと電卓をならしていると、ふいに周囲の騒ついた気配に気付いて顔を上げた。
入り口から入ってきたのは我が社の社長。そして私の恋人、であるはずの人・・・・・・多分。
社員中、いや、市民中から慕われるその人、アイスバーグさんが現われれば浮き足立った雰囲気になるのはいつものこと。
私もその雰囲気に乗じて書類の陰に隠れながらちらちらとアイスバーグさんの方を盗み見る。
ドッグに顔を出されるのはしょっちゅうだけれど、社長であるアイスバーグさんがわざわざ事務の方にまで顔を出すのは珍しい。
でもその珍しい事がここ数日は続いていて、事務長となにやら言葉を交わしているその姿を目におさめながら
今日もラッキー!と私は内心大はしゃぎ。
真摯な表情で書類を眺める涼しげな横顔に、ああやっぱり素敵・・・と、ぽーっとなる。
こういうのも社内恋愛の醍醐味ってやつかしら?
・・・相手が社長でも“社内恋愛”でいいのかな?
なんだか恐れ多くてその言葉の軽さが似付かわしくないんだけど。
それ以前に本当にあの人を私の恋人と形容して良いのかイマイチ自信が持てないんだけど・・・。
精悍な横顔に見とれたまま惚けていると、ふいに顔を上げたアイスバーグさんとばちっと目が合ってしまった。
やばっ!慌てて目線をデスクに落として仕事してます、という体裁を必死で取り繕う。
私のバカ!仕事中に不真面目なヤツだと思われちゃうじゃない!
心中で自分を罵りながら泣きたいような気持ちで親の仇のように電卓を鳴らしまくる。
すると不意に耳に届いた低温のよく通る声。
「ああちょっと、そこの事務の・・・」
それに反応して顔を上げれば事務のカウンター越しに意中の人。
いつのまにか近づいた距離とこちらを見つめる眼差しにどきりとする。
事務の、と頭の中で聞いた言葉を反芻してきょろきょろと辺りを見回すも該当者らしき人は見当たらず。
・・・・・・・え?私っ!?
「あ、は、はいっ!」
弾かれたように立ち上がり、思い切り上ずった声に私のバカーッ!とテンパりながら声の主に近づく。
心臓を早鐘のように鳴らしながら目の前まで近づいて背の高いアイスバーグさんを見上げた。
「なん、でしょうか?」
「ンマー、この書類なんだがな、問題ねェか見てくれるか」
はぁ、と頷いて書類に目を落とせば何て事はないただの経費申請書。・・・の上に走り書きされた小さなメモ。
『今夜うちに来れるか?』
「・・・っ!?」
ばっ!と顔をあげればアイスバーグさんは涼しい顔で私を見下ろしている。
「問題ねェか?」
周囲から見れば普段どおりの表情だろうけど、その目は微かに目配せしていた。
ばくばくと心臓を鳴らしながら「問題、あり、ま、せん…」となんとか声を絞りだすと
「そうか、じゃあ頼む」となんともさらりと言ってアイスバーグさんは踵を返した。
震えそうになる手で渡された書類を握り締めながら信じられない気持ちでその後ろ姿を見送る。
と、部屋を出ていきざまにちらりと一瞬こちらを向いたアイスバーグさんが私と目が合った瞬間、薄く笑んだ。
っ!きゃーーーっ!!
心で黄色い悲鳴をあげて、動揺しすぎて足がもつれそうになりながらも必死で平常心を装って自分のデスクに戻った。
走り書きのメモを他の人に見られないように急いでポケットに隠しながら、頭の中は一人悶絶もの。
なんですかコレはー!?こんなのアリ!?アイスバーグさんてばもうっ、白昼堂々なんてことを・・・!
わー!わー!でも・・・嬉しい・・・すっごい嬉しいよう・・・!!ひゃーっ、どうしようコレ!
熱くなりそうな顔をパタパタと手で仰いで冷まして、スーハー深呼吸。
よしっ、ちゃっちゃと仕事片付けよう。今日は残業なんて絶対するものか!
早く仕事終わらせて一旦家に帰って着替えて、その後は、その後は・・・
ふっ・・・ふふふっ・・・!いかん!顔がにやける!
顔の筋肉総動員で普通の顔を作りつつ、どうしようもなく緩んでしまう口元を手で隠す。
あの行きずりのお風呂事件からちょうど一週間。
その日はそのままアイスバーグさんの家に泊まって、翌日の休日は一緒に過ごした。
でも会社が始まれば当然これまで通り一社員と社長という関係は変わらない訳で。
連絡先も交換したけれど向こうからは音沙汰はなく、こちらからアクション起こす勇気も無く・・・
時間が経てば経つほどにあれはやっぱり夢だったんじゃないだろうかなんて気がしてきていた。
だけど、だけど!夢じゃなかったー!今日会える!会えるよー!
ああでもどうしよう、冷静になったら段々緊張してきた。何着てこう?お泊りの準備していったほうがいいのかな・・・?
うーわー!ちょ、煩悩退散!煩悩退散!
バタバタと暴れまわりたいのを堪えて、必死で雑念を追っ払いながら仕事に齧り付く。
だけどどうにも集中できずに、ようやく私が職場から開放されたのは結局定時より少し遅い時間になってからのことだった。
アイスバーグさん宅に近づくにしたがって私の緊張は増し、家の前に付いた頃にはピークになっていた。
前回お邪魔した時は酔っていたし、そもそも記憶が飛んでいて覚えていない。
だから気分的には初めて来たような感じな訳で、むちゃくちゃ敷居が高く感じる。
深呼吸して震える指でインターホンを押す。
ピンポーン、と鳴ったそれにひぃっ、本当に押しちゃったよ!とピンポンダッシュしたい気持ちを必死で抑える。
やがて聞こえてきた低い声に応対してもらい、扉が開くのをどきどきしながら見守った。
「・・・ンマー、なんだその格好」
私の姿を見て眉の位置を高くしたアイスバーグさんは開口一番そう言った。
「何って・・・変装です、一応・・・」
帽子を目深に被り、伊達メガネを掛けた私にアイスバーグさんは呆れたようにため息をついて中に招き入れた。
「ったく、この熱いのに襟巻きまでして、逆に目立つだろうに」
襟巻きって・・・ストールと呼んでください社長。
帽子を取り、ストールをぐるぐると外しながらアイスバーグさんは呆れ顔でこんなの必要ないと一蹴。
いやいや必要でしょう?アイスバーグさんはW7一有名人なんですから。
この人はちょっと自分がどれほど大物かって自覚がたりないんじゃないだろうか。
「別に俺はバレたっていいぞ」
「え!?だ、ダメですよ!アイスバーグさんがこんな小娘と付き合ってるなんて知られたら心象悪くなっちゃうかもしれないし・・・」
堂々とした態度を嬉しいと思う反面、大好きな人だからこそその名声に傷を付けるような真似はしたくない。
そんな私の思惑など知りもせず、何がツボに入ったのかアイスバーグさんは小娘って!と吹き出した。
くつくつと笑う彼を怪訝に見上げていると、急ににやっといやらしい笑みで見下ろされ、かと思うとぐっと腰を引き寄せられた。
「仕方がねェだろう。その小娘にオッサンが誑かされちまったんだから」
オッサンって!ていうか誑かすって!と抗議の声を上げる間も無く口付けられる。
壁に押し付けられるようにして何度も何度もキスされて、呼吸もままならない。
苦しくなってきてアイスバーグさんのシャツを掴むと抱きしめる腕の力がもっと強くなった。
絡め取られた舌を翻弄されて、口端から吐息が漏れて。思考回路もいっぱいいっぱい、心臓がもう壊れそう。
ふいに、胸の膨らみにアイスバーグさんの手の感触を感じて慌てて私はその胸板を押し返した。
「え、あ、あの、ま、待ってください・・・っ」
「ンマー無理だ」
「ええ!?だってまだ来たばっかりですし、あの、その、あ!ご飯とか!」
「後だ。もう待てねェ」
「そんなっ、せめてシャワー!」
「イヤだ!」
えーーー!?そんな仕事キャンセルする時みたいに堂々と言われましても!
焦る私をよそにアイスバーグさんは至極楽しそう。
嘘でしょー!?なんて文句も言わせて貰えないままあっという間に身包み剥がされて、為す術も無く寝室へ連行された。
無茶苦茶強引だけどそれもちょっと嬉しいなんて・・・これが惚れた弱みってやつ・・・?
この人と付き合うのは心臓がいくつあっても足りないかもしれないと今更ながらに実感させられた。
腕枕にくたっと横たわる私を優しい眼差しで見下ろしながら髪を撫でてくれるアイスバーグさん。
嬉しい、けど・・・3回もだなんて聞いてないですよしゃちょー!もう喉カラッカラで動く気力も・・・。
責めてやりたいけどちょっと申し訳なさそうな笑顔で見つめられると・・・うう、なんでも許してしまいそう。私弱いなー。
というか段々その愛おしげな眼差しが恥ずかしくて居た堪れなくなってきたんですけど。
「本当はもっと早く連絡しようと思ってたんだけどな、ここの所忙しくて家に着く頃にゃ日付変わってる時間だったからよ」
ンマーすまん、と謝られて慌てて首を振る。
多忙な人なのは重々承知。そりゃあ電話が無くて不安になったのは本当だけど
忙しいアイスバーグさんが私のことを気に掛けてくれていただけでもう十分だった。
「大丈夫です、会社でちょっと会えるだけでもすごく嬉しかったですから!
あ、そういえば最近事務に顔出されること多いですよね。たまたまでもすごく嬉しくて・・・」
えへへ、と笑うと途端にアイスバーグさんは眉根を寄せて難しい顔になった。
やば、やっぱり不謹慎だった・・・?仕事なのに私情持ち込んで・・・ああ、失望されたかも・・・
ンマー、何言ってんだ。頭を抱えるようにして心底呆れたように言われて、スミマセン・・・と思い切り恐縮する。
「あんなのお前の顔見に行ってたに決まってるだろうが。それくらい気づいてると思ってたが・・・」
・・・・・・え?
え!?私!?
呆けて見上げると少し拗ねたような表情。
「俺が直に事務に行かなきゃならねェことなんてほとんどねェんだ。
ったく、無理やり用事作るのも結構大変なんだぞ。それくらい察してくれ」
ため息交じりに言われてスミマセン・・・ともう一度謝る。今度は顔を赤くしながら。
嘘みたいだ・・・あのアイスバーグさんが私に会いにわざわざ脚を運んでくれてたなんて・・・信じられないよ・・・。
「でも、だって、アイスバーグさんドッグにはよく顔出されるし、てっきりそれのついでかなーって・・・」
照れ隠しに俯いてぼそぼそ言い訳してみる。
「ンマー・・・ついでって言やァついでだがな」
頭を撫でてくれていた手がふいに止まって、それが頬に添えられ顔を覗き込まれた。
「ついで、が逆だ。ドッグがついで。メインはお前ェだな」
優しく細められた目に、添えられた温かい手に、言われた言葉に、もう、胸がいっぱいで。
だってずっと大好きだったアイスバーグさんからこんな・・・夢見たいだ。
じわーっと浮かんできた涙を見られないようにその体にしがみ付く。
「アイスバーグさん・・・!」
好きです!大好きです!ありったけの想いを込めてぎゅうと抱きついた。
背中に回った手が抱きしめ返してくれるのが嬉しくて、もっと泣きそうになる。
再び添えられた手に促されて顔を上げれば優しく口付けられた。
触れるだけのキスに胸がいっぱいになる。
どうしよう・・・幸せ過ぎるよ・・・。
けれど、体に触れた感触にふっと意識が呼び戻される。・・・アレ?
気づけばアイスバーグさんの体が私を組み敷く形になっていて、先ほどまで触れていた手が再び私の体を這い回っている。
「え、あの、アイスバーグさん・・・?」
「なんだ、誘ってたんじゃねェのか」
「違っ、違います!」
「ンマーでもその気になっちまったしなァ」
「ももももう無理ですから!」
「煽っといて責任とらねェのか」
煽ってませんー!そう手で押し返した時、
ぐ〜・・・
なんとも間抜けな音が部屋に響いた。
・・・っ!お腹が・・・っこのタイミングで鳴るかなぁ!?私のアホー!
アイスバーグさんが途端に爆笑し始める。
居た堪れない!居た堪れないよ!
カーッと赤面する私の頭をぽんぽんと叩いて目尻に浮かんだ涙を拭いながらアイスバーグさんが半身を起こした。
「ンマースマン・・・、そういや飯も食わしてなかったな・・・っ」
くっくっ、と笑われてもう消え入れてしまいたい・・・
「いやしかし、改めて見るとすげェな・・・」
なにがですか?と視線の先を追うと、そこには点々と散らばる服。
うひー・・・!
玄関からベッドまでの道筋を作るかのように点々と脱がされた跡が妙に生々しくて顔が熱くなる。
拾ってくるというアイスバーグさんを全力で制して立ち上がる。
だってアイスバーグさんに私の脱いだ服だの下着だの拾われるのはさすがに抵抗が・・・。
シーツを体にもそもそと巻きつけて一つ一つ拾っていく。
けれど全部拾ってベッドまで再び戻ってきたのに一枚足りない。
布団に紛れちゃってるのかな?と布団を捲って探していると
「ンマー、下着の好みは合うみてェだな」
は?と顔を上げた先に私のパンツを右手で掲げるように持つアイスバーグさん。
思い切り悲鳴を上げてその手から掻っ攫ったのは言うまでもない。
やっぱりこの人と付き合うのは心臓がもたないかもしれない・・・。
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むしゃくしゃしてやった。今は反省している。 でもまたやりたいなんて、そんなこと、言えーないー(@Kiror○)