容姿端麗。国内最年少の天才検事。欠点のないカンペキな男。
そうくれば、いやでも女子の話題の的になる。
彼の傍で働いていれば、それは嫌でも見なければならない現実である。
お弁当キューピット
「おはようございます」
検察局への正面玄関をくぐり、足早に奥へ進む。
今日は天気が良く、朝から張り切って洗濯などしていたら、電車を一本乗り過ごした。
いつも早めに出ているから、遅刻とまではいかないものの、これから言われるであろう小言を思ってうんざりした。
私が検事事務を受け持っているのは、この業界で知らぬ人はいない、天才検事・御剣 怜侍その人だ。
彼は実に時間に正確な生き物。少しでも遅刻などしようものなら、いつも以上に眉間の皺が深くなるだろう。
御剣検事の執務室のある階へつくなり、心なしか急ぎ足で歩いた。
この廊下の角を曲がったらすぐ、というところまで来て、ふと、人の話し声に気づいた。
それは、御剣検事の声に聴こえた。
「む…そういうアレは、困るのだが…」
私は思わず角のすぐ傍で足を止め、ちらりとその声のするほうを伺った。
すると、まず視界に見覚えのある女性が写り、その奥に御剣検事の頭が見えた。
思わず体を引っ込めて、壁にへばり付いた。
かなりきまずい状況に鉢合わせしたようだ。
「どうぞ、食べてください!一生懸命作ってきたんです…お願いしますっ」
女性の高めの通る声が聴こえて、何かを御剣検事に渡しているんだろうことは分かった。
あらかた、お弁当か何かだろうと予測はできる。
それをどうしたものやらと困っている御剣検事の顔が容易に想像できた。
「むぅ…」
「失礼します!」
その声を最後に、女性の足音が遠ざかっていくのが、聴こえた。
彼女は確か窓口担当の御剣検事ファンの子だったはず。
いつも彼女が御剣検事を目で追っていることは、重々知ってることだった。
彼女の足音がしなくなり、沈黙が訪れてしまったので、ひょっこりと角から顔を出してみた。
すると、御剣検事がまだ同じ位置で呆然と立ち尽くしている姿があった。
手には、押し付けられたらしい彼女のお手製弁当が見受けられる。
「おはようございます、御剣検事」
どう声をかけたものか迷ったが、このまま引き返すわけにもいかず、角から顔を出したまま声をかけると、
びくり、と肩を震わせて御剣検事がこちらに顔を向けた。
「くん…」
御剣検事は少し驚いたように目を見開き、すぐに手に持っていた弁当をさっと後方に隠してしまった。
今更隠されたとしても、見てしまったいる手前、その話題に触れないのもおかしい。
私は内心では不貞腐れつつも、何食わぬふうを装って御剣検事が隠した手の先を一瞥した。
「なんで隠してるんですか?お弁当頂いたんでしょう?今ちょうど見てしまったんです」
盗み見するつもりはなかったんですけどね、と付け加えると、御剣検事は実に居心地悪そうに視線を逸らした。
「これは…その…」
「あの子、前から御剣検事のこと、見てましたもんね。かなりファンだろうと思ってましたよ」
「む…」
「いいじゃないですか、気難しく考えないで。せっかく頂いたんなら、美味しく食べてあげればいいんですよ」
私はドアを開けながらにっこりと御剣検事に微笑んだ。
内心、微笑むなんて余裕はないに等しい。まさか手作り弁当なんて持ってくるほど積極的とは思わなかったからだ。
御剣検事はといえば、いまだ眉間に皺を寄せて視線を逸らしたままで、腑に落ちないといった表情だ。
この人は、こと女性のこととなるといつも冴えわたる頭が鈍い回転をしてしまうらしい。
御剣検事は、おぼつかない足取りで私の後をついて部屋に入ってきた。
「だが…私は彼女を好いているわけではない。…気持ちに応えられぬのに、弁当だけ頂くのは、どうかと思うが」
私はジャケットを脱ぎながら、少しほっとしていた。
見るからに御剣検事が得意そうな女性ではなかったが、それでも手作り弁当の効果で彼女に興味を持ったのではないかと
ヒヤヒヤしていたから。
でも、やはり予想通り、彼女は御剣検事のお眼鏡には適わなかったということだ。
少しニヤけそうになる口元を必死に抑えて、振り返る。
「でも、一生懸命作ってくれたようですし、無下にするのもなんですしね」
「む…」
御剣検事はさらに困ったといった具合に眉間に皺がよる。
私の机の前で立ったまま考え込んでしまったので、ちらりと顔を覗き込んだ。
「御剣検事?大丈夫です?」
「うむ…どうしたものかと思って」
「お弁当ですか?」
「いや…」
御剣検事はしばらく手元の弁当を眺めてから、私のほうへ視線を移した。
その視線が思っている以上に真剣で、思わず私は息をのんでしまう。
「こういった場合、その…どう、断るのが一番良いだろうか?」
御剣検事の質問に私はきょとりと目を瞬いた。
「えと…お弁当の断り方、ですか?」
「む…その…なんだ…私は気持ちに応えられないということを、はっきり言うべきだろうな?」
御剣検事は視線を落としてまたお弁当を見つめる。
どうやら、告白に対する答えをどうしたら良いかということを考えているようだ。
「ん〜…そうですね。ああいうタイプははっきり言わないとしつこいと思いますよ」
「ああいう…?」
御剣検事は再度私に視線を戻して、首をかしげた。
「なんというか、…ただ、気持ちに応えられないというだけでは、ダメだと思うんですよね。
きっと、御剣検事が振り返るまで頑張っちゃうタイプですよ。お弁当作ってきちゃうぐらいだし」
私が腕を組みつつそう言うと、御剣検事は少し慌てたように視線を泳がせる。
「そ、それでは、どうしたら諦めてくれるだろうか?」
「そうですねぇ…」
私は少し考えて、一番彼女がヘコタレそうなものがいいだろう、と思った。
まぁ、大抵の女性なら、一番手っ取り早い方法がある。
「やっぱり、一番良いのは、好きな人がいるとか、恋人がいるとかがいいんじゃないですかね」
うんうん、と頷きながら私がそう言うと、御剣検事はぎょっとしたように目を見開く。
「わ、私に好きな人がいる、と?」
「はい。もしくは恋人とか」
「こ、恋人などいないっ」
いきなり真剣に否定されて、私は目を瞬いた。
気づいたら相当至近距離で目を見つめられていて、私は体を仰け反らせる。
「え、いや…で、ですから…いなくても、いるって言えば…」
「む…恋人がいる、と嘘をつけと?」
「まぁ…嘘といえば嘘ですけど…彼女のためですし」
「そうかもしれんが…あまり、嘘はつきたくない…」
そのまま項垂れてしまった御剣検事を眺めながら、私は少し躊躇いつつも、良い機会だと思った。
こんなときでもなければ聞けない質問がある。
「御剣検事…好きな人とか、いないんですか?」
言いながら心臓が飛び出そうな自分に気づく。
我ながら実に大胆に聞いてしまったと後悔した。
すると、御剣検事は質問をした私の瞳を見つめながら、少し躊躇いがちに低く呟く。
「い、…いないわけでは、ない」
「え!?い、いるんですか?」
「む…」
いないとばかり思っていた私は、かなりのショックを受けた。
まさか、好きな人がいるなんて思っていなかったから。
どうもそういった方面に疎い感じがするから、今は検事の仕事しか頭にないんじゃないかと思っていたのだけれど…。
私の考えが甘かったらしい。先ほどの彼女より、自分が先に傷ついてしまうハメになってしまった。
「そ、そうなんですか…」
心底がっくりしながら、私はストンとイスに座った。
ああ、今日は一人でヤケ酒な気分だ。高いワインでも買って帰ろうかしら、と思っていたら、思わぬ質問が振ってくる。
「そ、そういうくんは…どうなんだ?」
「え?」
「その…恋人が、いたり…するのではないのか?」
御剣検事は私を見下ろしながら、少し居心地悪げに視線を泳がせている。
私は思わず首をぶんぶんと横に振った。
「まさか!いませんよ。恋人なんて」
「では…好きな人がいるのでは?」
「え」
私は思わずびくりと肩を震わせる。
なぜこんな会話になったのだっけ?あのお弁当から発展したにしては、なぜ私がこんな質問をされているのだろう?
思わず息を飲み込んで、視線を泳がせてしまう。
まさか、目の前のあなたです、と言えるわけもない。
「そ、そんなこと聞いてどうするんですか…」
「む…そ、それは」
「私に好きな人がいようといまいと、御剣検事には関係ないじゃないですか」
つい、先ほどのショックの影響で棘のある言葉を吐いてしまった。
言ってから後悔したものの、どうすることもできず、居心地の悪さに私はイスから立ち上がった。
「お茶、入れてきますね」
そう言ってその場から逃げようと御剣検事の脇を通ろうとした矢先、すれ違いざまにぐっと強い力で引きとめられた。
驚いて振り返ると、御剣検事の手が、私の腕を掴んでいる。
「な、なん」
「関係なくはない」
私の言葉を遮って、真剣な眼差しで御剣検事はそう言った。
私は何のことかわからず一瞬目を見張る。
御剣検事は一度息を吸って吐くと、ぐっと唇を引き締めてから再度口を開いた。
「私が好きなのは…くん…君だ…」
御剣検事の口元が、何やら信じられない言葉を発している。
私は目を見開いたまま、至近距離の御剣検事を見上げる。
「…え」
「だから、関係ないことはないだろう…君は、どうなんだ?」
そう聞き返されて、私は頬が熱くなるのを感じる。
心臓がびっくりするほど早く鼓動を打って、まるで体中に心臓があるようだ。
「好きな人が…いるのか?」
御剣検事は少し頬を染めつつ、私にそう聞く。
私はうまく言葉を発せずに息を飲み込んだ。
まさか、お弁当からこんな事態に発展するとは思いもよらず、思考回路がおかしくなりそうだ。
さっきまでお弁当の彼女に嫉妬していた自分が嘘のようで。
なんとか深呼吸をしてから、息を正して頷く。
「い、います…」
それだけ頑張って言葉にすると、御剣検事の目が一瞬見開いてから、ふっと伏せられた。
明らかに勘違いをしてしょんぼりと肩を落としている。
私は慌てて付け加えた。
「め、目の前の人ですけど…」
言ってから顔から火が出そうになった。
音がしそうなくらい首から熱が這い上がってくる。
つかまれた腕からこの心臓の音と熱が伝わっていたらと思うと、恥ずかしくて居たたまれない。
「え…」
「み、御剣検事が、好きな人です…!」
意を決してそう言うと、御剣検事の頬がまたたくまに赤く染まった。
わぁ…御剣検事がこんなに恥ずかしそうな表情するのを始めて見たかもしれない。
「ほ…本当か?」
「…嘘でこんなこと、言いません…」
「む…そうか…」
お互い顔を赤くして俯いたまま、変な沈黙が流れた。
どちらが、どういった言葉を発していいのかまったく分からず、御剣検事に腕をつかまれたまま、立ち尽くす。
心臓の音が未だに静まらずどうしたものかと考えていると、ふと、視界が暗くなる。
はっとして視線を上げると、先ほどより御剣検事の体が自分に近づいていて、声を出す暇もなく視界が閉ざされた。
つかまれていた腕を放され、その手は今は私の背中に回されていた。
私の視界は今や御剣検事のスーツのみだ。
「では…私の恋人になってくれるだろうか?」
抱きしめられたまま、頭上からそう問われ、私はおずおずと御剣検事の広い背中に腕をまわしながら、こくりと頷いた。
「よ、よろしくお願いします…」
私がそう応えると、御剣検事はくすり、と笑った。
「な、なんですか?」
「いや…これで断ることができるなと思ってな」
御剣検事が心底安心したように大きく息を吐いたので、私も思わず笑ってしまった。
「そうですね…彼女には悪いですけど」
「恋人がいるのだから、仕方あるまい」
「そ、そうですね」
抱きしめられたままそんなことをつらつらと話し合う私たち。
こんなところを彼女に見られたら卒倒されそうだ。
けれど、申し訳ないことにきっかけを作ってくれたのが、彼女だったのは言うまでもなく。
お弁当のキューピットさん、ありがとう。
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『Phthalocyanine』の月無ミナ様より。当サイト1万打お祝いに頂きましたv
気の多い私が逆転裁判の御剣検事にハマってしまい、同じく逆裁好きのミナ様に
ミナ様みっちゃん書いてくださいよぉ〜!!と駄々っ子したら本当に書いてくださいました!
え?女神?・・・あ、ああ、いやいやミナさんだ。驚いた、俺ァてっきりめが(ry
だってミナさん初御剣ですよ?書いたことのないキャラリクするとかどんだけ鬼畜だ私(笑)
でもミナ様宅のナルホド君やゴドさん(逆裁の他キャラ)夢を拝読して
ミナ様ならば絶対に素敵御剣を書いてくださるに違いないと!
その結果がこちら!・・・自分超GJ!お願いして良かった・・・っ!
「む…そういうアレは、困るのだが…」にもう悶絶。みったんが「む・・・」って言うだけで悶えますワタシ。
頭脳明晰な天才検事なのに人間関係にはとことん不器用な御剣が大好きです。
手先も不器用だけど(笑) ああなんだかすっごく長くなってしまいました。
でもねぇおばちゃんのミナ様とみっちゃんへの愛はこんなもんじゃカタカタカタカタ・・・
ミナ様ありがとうございましたー!!