名前を呼ばれ、手を伸ばした。
 甘えてくれる声が愛しくて抱き寄せた。
 ふわふわの感触に開きかけた目を閉じ、もっと欲しくて顔を寄せる。
 飴色の長い髪は柔らかく波打ち、とてもいい匂いがした。
 辿り着いた首筋からは温かな熱。
 たまらず唇を落とし、そのままで名前を呼んだ。
 
 こんな恋をするのは初めてなんだと、
 告げれば信じてくれるだろうか。
 
 


 
 

 
 
 
 
「サーンジー、くすぐったいよ」
「……あ、れ?」
 
 甘い色合いの景色から一点、空が見えた。
 澄んだ色に白を抱えて広がる晴天、その手前にかわいくてたまらない人。
 無意識に抱き締めようと伸ばした腕はけれど宙を掻く。
 あれ、とサンジはもう一度呟いた。
 
「珍しいね、うたた寝してた」
「……いつから、だろ」
「ん、そんなに長くないと思うけど」
 
 目を瞬いてみれば、自分が思うよりもそれは遅い動きとなる。
 の言う通り、少し、ほんの少し眠っていたらしい。
 サンジを見下ろす目がきれいに細まり、ころころと笑う声が落ちてくる。
 
「ねぇ、そんなに好き?」
 
 言葉に詰まった。
 答えに窮したわけじゃない、言葉が、出てこなくなるのだ。
 サンジは代わりのように眉を下げ、ただ唇を開く。
 好きだ。
 その一言を言うのがこんなにも難しいことを、言われる度に思い知る。
 
「………」
「…寝言でも名前、呼ばれちゃった」
「……寝言?」
「うん」
 
 頷かれ、一気に景色が返ってくる。
 甘い空気とあの熱は、愛しい名前とあの気持ちは、夢の中のものだと言う。
 サンジはわずかばかり込み上げる恥ずかしさを追いやり、もう一度手を伸ばした。
 ふわふわ揺れる髪に触れて、そのまま肩を抱き寄せる。
 今度は、柔らかな体が掴まってくれた。
 
「俺、なんか言ってた…?」
「名前だけ」
 
 思わず、ほっと息が逃げる。
 覚えている限り夢の中でもキスしかしていない、それも首筋に一度。
 だからおかしなことを言う可能性は限りなく低いのだが、もしもと言う事もある。
 それに普段の夢から思えば。
 
「今日は、名前だけだったよ」
「……………」
 
 くすくすと胸元で笑う声がくすぐったい。
 それはシャツ越しの肌だけでなく、きっと感情だとか心まで。
 サンジが寝言を言うのはこれが初めてではない。
 今までにも何度か、に指摘されたことがある。
 それは名前であったり、言葉未満の囁きであったり、言葉にならない音だったり、
 
「あれは、忘れてくれねェ?」
「なんで?」
「……なんでって、」
「忘れられないよ。サンジの声、だいすきだから」
 
 頬をぴたりとシャツ越しの胸に当て、が囁く。
 どくり、跳ねた心臓は聞こえてしまっただろう。
 掌に収まっている華奢な肩が揺れる。
 
 情けないと、思う。
 きっと聞いて確かめるまでもなく、己の表情はへにゃりと崩れているはずだ。
 抱き締める腕に力を込めて、閉じ込めるように隙間を無くす。
 柔らかな髪が風にその毛先を踊らせていた。
 
 好きで好きで、たまらない。
 なのにひとつも言葉にならない。
 
 好きだと言われると、跳ねて喜んでしまいそうな自分がいる。
 好きだと言われると、くたりと力が抜けてしまう。
 好きだと言われると、それだけでなんでもできそうな気がする。
 
「……ちゃん」
「なに?」
 
 いっそ無邪気と言えそうな音で返されていると言うのに。
 サンジの胸は詰まるばかりだ。
 
「どうしたの?」
 
 もぞりと動いて、顔を覗き込まれた。
 途端に、の目が丸くなる。
 
「……サンジ、顔、…赤い」
「…ッ」
 
 そんな指摘をされれば、自覚をすれば、もっと顔に熱が上がった。
 それを見ているの頬も、僅かに染まる。
 甲板の上に転がり抱き締め抱き締められて、互いに顔を赤くして、
 一体なんの遊びだ。
 
「もう、サンジがそんなんじゃ、わたしまで恥ずかしくなるじゃない」
「うぁー…、ごめん」
「……謝らなくてもいいのに」
「…ごめんよ」
 
 くすりとこぼされる優しい笑みに、堪らず目を逸らした。
 空は変わらずに青く晴れたまま。
 まったく、いつも滑り出るように連なる声はどこに消えるのだろう。
 柔らかな体も、甘い匂いも、温かな熱も、かわいくてたまらない笑顔も、
 甘えてくれるのも、優しさも、預けられる重みも、
 できるなら全て声に出して音にして伝えたい。
 好きだと、女神に溺れていると、恋に翻弄されていると。
 
「サンジ?」
 
 なのに名前をこうして呼ばれるだけで。
 
「………」
 
 嬉しくて、どうにかなりそうだなんて。
 
「どうしたの?」
 
 空から引き剥がした視線を向ければ、ことりと首を傾げている姿。
 胸元に抱き寄せたのは己だけれど、声を大にして言ってやりたい。
 なんだってこんな姿勢を選んだ。
 見上げられ、首を傾げられ、囁くような声で名前を呼ばれ、それは全て腕の中で。
 
「あーー…ッ、クソ!」
「!?」
 
 一息で身を起こし、驚きに息を飲んだ体を強く抱き締めた。
 ばくばくと心臓がうるさい。
 耳まで赤いのも分かっている。
 愛しい気持ちが溢れて爆発しそうだ。
 
「このまんま、どうにかなっちまいそうだ」
「……サンジ?」
 
 小さく小さく呟けば、声は低く籠ってしまった。
 身を捩ったが不思議そうに名を呼ぶ。
 たかが名前ひとつ。
 それがの声で己の耳に届く。
 
「ーーーッ」
「…ねぇ、どうしたの?」
 
 肩に柔らかく何かが触れた。
 の指先が触れてきた。
 とん、とそれはサンジを呼んで跳ねる。
 とんとん、とあやすように、急かすように。
 なぁ、それにすら、心がうるさく踊ってしまう。
 どうすればいい?
 
、ちゃん」
「はい」
「……」
 
 好きだ。
 声にならず気持ちばかりが際限なく膨れ上がる。
 好きだ。
 たった三文字、一度の呼吸に乗るような音。
 腹の底に力を込めて、息を吸って、目をきつく閉じて。
 
「……
 
 なのに声になるのは名前ばかりで。
 それが精一杯だなんて。
 
 
 
 
 
 ぽん、と今度は掌が、背中に触れた。
 温かく、ゆっくりと、掌が動く。
 ぽん、ぽん、リズムを取るようなそれはきっと
 彼女の優しい遊び心から。
 ぽん、なぞるように掌は踊る。
 ぽん、ぽん、とサンジの奥で跳ねる音を、からかうように
 けれど、ぽん、と受け入れるように
 だいじょうぶ
 言われてもいない言葉が、聞こえた気がした。
 
 
 
 
「ね、サンジ」
 
 肩を柔らかく押され、そっと体を離した。
 少しも生まれない隙間に、笑ってしまう。
 少しだって離れたくないし、離してほしくない。
 が困ったような嬉しそうな顔で笑う。
 なんだろう、そう思うのが早かったか否か、
 
「!!」
 
 ほんの一瞬、触れて離れた唇。
 見る間にの頬が赤く染まっていった。
 けれど、見紛う事無く、はとても幸せそうに笑み崩れていて。
 
 すべて、ばれているんだと思った。











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なんてしあわせ、なんだろう
 
 






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 『ソビラ。』のかなべいつき様より。4周年記念リクエストさせて頂きましたv

 サンジに寝言で名前呼ばれたいーっvv っていうか名前意外何言ったんだサンジ!
 ヘタレサンジという阿呆リクにこんな素敵夢が返ってくるとは・・・(悶絶)
 アトガキの「もっと困ればいいっ。と思います(笑」に激しく同意vv
 かなべ様ありがとうございましたーっ!!!