月齢15
『ごめん、明日入ってた奴が風邪で倒れちまって、代わりに出なくちゃならなくなったんだ。
だから…会えそうにない。本当にごめんな。埋め合わせするから』
そんなメールを受信したのが、ついさっき。
時刻は午後9時をまわっている。
は、片手にワンピースを、片手に携帯電話を持って、ぼすんっ、とベッドに倒れ込んだ。
「うそぉ…」
携帯の画面を見ながら、力なくベッドに顔を埋めた。
持っていたワンピースも意味をなさなくなってしまった。
むっと眉を寄せて、勢いつけて鏡にワンピースを投げ捨てる。
せっかく久しぶりのデートだったのに、とは独りごちた。
先日一目惚れして買ったワンピースを着て行こうと、いそいそと部屋で一人明日のためにファッションショーに勤しんでいたのだが、
たった今のメールでその行為も無駄になってしまった。
「ひ〜ど〜いぃ〜!」
ベッドの上に仰向けになってじたばたと手足をばたつかせ、この怒りのやりどころをどこに向けたものかと考える。
言い訳は良いとしよう。もし嘘だったとしても、明日サンジの店に行けばわかることだ。
けれどこんなギリギリで、しかもメール1件のみで断るとはいただけない。
「電話…くれたっていいじゃない…」
むぅ、と頬をふくらませ、はふたたびベッドに顔を埋める。
どんなメールを返してやろうかと考えあぐね、とりあえず大人な対応で返信を打ち始めた。
『そうなんだ。仕方ないね、仕事なんだし。
まぁ、埋め合わせ期待してるから』
は、そこまで打ってからメール画面を覗き込んだ。
恐ろしくそっけない返事だ。これを返したらサンジのことだ、きっと怒っていると思うだろう。
なんだか心の狭い対応に思えて眉間に皺を寄せる。
少し考えてから、再度メール内容を編集しはじめる。
『そうなんだ。仕方ないね、仕事なんだし。
久しぶりにちゃんと会えると思って、楽しみにしてたけど…。
埋め合わせ、期待して待ってるから』
そこまで打っては送信ボタンを押した。
大きくため息をついて携帯を放り投げる。
事実、本当に久々のデートだった。
サンジは大学のときからそのレストランにバイトで雇ってもらっていて、大学卒業とともにそのレストランにコックとして就職している。
はその合間就職活動を行って、晴れて大手企業のOLになったのだが、驚くほどの研修のめまぐるしさに、
気づけば休みはぐったりというパターン。
サービス業のサンジとはもともと休日が合わないのもあり、なかなかフルで1日会うことすらままならず、
やっと久々に1日一緒に居れると喜んだ矢先だった。
天の神様はきっと、すれ違いで二人の仲を引き裂く気なんだわ、とは一人うなだれた。
大学の時は飽きるくらい一緒にいたせいか、社会人になってからのすれ違いは相当こたえていて、
いわゆる「サンジに会いたい病」が発作を起こしそうになっている。
「会いたい〜…あいたいよぉ〜…」
部屋の中でそう呟くと余計に会いたくなってしまい、は体を丸めて自分の体を抱きしめる。
その行為は逆にサンジに抱きしめられているときを想像してしまって、寂しさに拍車がかかってしまった。
そのまま無心を装って必死で何も考えまいとしているうちに、いつのまにか居眠りをしてしまっていたようで、
いきなり部屋に響いた着信音には飛び起きた。
「え、わ、ど、どこ!?」
着信音でサンジだと分かったものの、先ほど放り投げた携帯の居場所を探して視線を彷徨わせる。
そしてベッドサイドに落ちていた携帯を見つけて、慌てて手に取り、通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
「?ごめん、寝てた?」
今一番聴きたかったサンジの声には胸がしめつけられたように熱くなるのを感じた。
こんなにも彼の声を心待ちにしていたのだと、自覚せざるを得ない。
声だけでも聴きたいと思っていたけれど、こうして聴いてしまうと、もっと欲が出るものだ。
「だ、大丈夫、寝て、なかった…」
「ほんとに?声、少し眠そうだけど」
電話口でくすくす、と笑うサンジの様子が伺えては思わず息を飲み込んだ。
部屋の壁掛け時計に視線をうつすと、午後10時40分。
先ほどサンジからメールがきたのが9時過ぎだったとしたら、けっこうな時間居眠りしていたことになる。
それでも悟られまい、とはっきりと答えた。
「そんなことないってば。これからお風呂入ろうかと思ってたとこ」
「そっか…ああ…一緒に入りてぇな」
あまりに寂しそうに言うので、は思わず吹き出してしまった。
「何言ってんのよ」
「だって、最近一緒に入ってねぇじゃん」
「そ、それは…」
そうだけど、と言いかけて口をつぐむ。
そういえば、サンジとちゃんと肌を触れあわせたのはずいぶん前だった、と思う。
最近はそれどころじゃなくて、本当に慌ただしかったのだ。
なんだか、これでは遠距離恋愛みたいだな、とは思った。
が言葉を止めてしまったために、サンジは静かになった電話越しに気づき、口を開いた。
「あれ…さっき、ごめんな、メールしか出来なくて。
しかも、明日も仕事入っちまって…本当に、マジでごめん…」
電話口のサンジの声があまりにもしょんぼりとしていたので、はさっきまでの怒りが萎えていくのを感じた。
もちろん、今までサンジが故意に仕事を優先したこともなく、自分第一で考えてくれていたし、
今回のようなことは予想外の出来事で、運が悪かったのだろう。
は小さくため息を吐いて首を振る。
「いいの。まさか風邪の人にムリさせるわけにもいかないでしょう。
そういうの、サンジが断れない人だってことぐらい、よく知ってるわ」
電話越しに、そっか、と声が聴こえてきて、おそらく微笑んでいるんだろうと予想できる。
そうして、脳裏にサンジの顔を思い浮かべて余計に愛しさが募った。
こうして、電波を通してサンジの声を聞くことが出来ても、触れることができないなんて。
は唇を噛んで眉を寄せた。
たった今、彼を思って聞き分けよく応えたはずなのに、もうその防波堤を崩してしまいそうだ。
気持ちが、雪崩を起こしてしまいそうになる。
「…サンジ…」
「…ん?」
一瞬言い淀んで、それでも唇が勝手に動いてしまった。
「…会いたい…」
その一言で、電話越しの彼が一瞬息を飲み込んだように感じた。
無理を承知でわがままを言ってしまったことに、は改めて気づいて、言葉を正す。
「ご、ごめん…!無理なこと言って…ま、またサンジの休みの日に…」
「」
「え?」
言い訳を連ねようとした言葉を遮られ、は目を瞬いた。
その声がいつにも増して優しくて、心拍数が上がってしまう。
「今、部屋にいるの?」
「え、う、うん」
「じゃあ、その部屋の窓から、月、見える?」
いきなり突拍子もないことを言われ、は目を白黒させてしまう。
話のつながりがまったく読めないまま、は窓を振り返った。
「月?」
「そう。今日は満月で綺麗だよ」
携帯電話を片手に持ったままベッドから立ち上がり、窓へ向かう。
クリーム色のカーテンを開けて、夜空を窓越しに見上げると、なるほど、確かに満月が浮かんでいた。
たまご色に輝く丸い月が夜の闇を照らしている。
「本当だ…綺麗…」
ぽつりと呟くと、くすり、とサンジが笑う声が聴こえてきた。
「何?」
が訝しげに問いただすと、いや、と笑いながらサンジが言う。
「やっぱり、寝てたんだろ」
「え?」
「髪の毛が、すげぇことになってるぜ」
「!!」
は慌てて月から視線を落とし、窓にへばりつく。
自分の住むアパートのすぐ横を通る路地を見下ろして、思わず目を見開いた。
「…さ…、サンジ!?」
そこには、愛車のサイドに寄りかかったサンジがこちらを見上げていて、と目が合うと、すっと片手を上げて見せた。
それはもう、満面の笑みで。
「こんばんわ、姫。会いにきてしまいました」
と視線を交えたまま、耳にあてている携帯電話にそう囁く声が、電波越しに聴こえてくる。
けれど、その声を聴き取るか否かのうちに、は持っていた携帯電話をベッドに放り投げて、踵を返した。
ドアを開けるのも、階段を降りるのも億劫で、必死でサンダルで駆け下りた。
どうせもう髪の毛がすごいことになっているのは承知の上で、そんなこと構っている時間さえ惜しい。
まさか会いにきてくれるなんて、思っていなかったのだから。
3階の部屋から階段を駆け下りたせいで少し息があがった。
目的の路地へ出ると、に気づいたサンジが携帯を閉じて視線をこちらに向けたところだった。
の様子にサンジはやわらかく目を細めて微笑むと、ゆっくり手を広げた。
「俺も、…に会いたくてしょうがなかった」
そう、低く囁かれ、は再度胸が熱くなるのを感じた。
声を聞いたときとは比べ物にならないくらい、心が満たされていく。
は視界が歪んでいくのを感じながら、駆け出してサンジの胸に跳びこみ、
背中に回りきらない腕を必死で回して、ぎゅっと抱きついた。
そんなの様子に満足そうにしながら、サンジは優しくの背中に腕を回した。
「サンジぃ…っ」
「うん」
「会いたかったよぅ…!」
「うん、俺も」
「うわぁあ〜んっ」
「お〜よしよし」
ぽんぽんと頭を撫でられて、サンジの温度に酔いしれる。
やはり、この場所がにとって一番安心できる場所なのだ。
は鼻をすすりながら、もそもそと体を動かしてサンジを見上げる。
の身じろぎに気づいて、サンジは視線を落とした。
「ん?」
「明日…仕事じゃないの?」
「うん、そうだよ」
「…大丈夫なの?」
「うん。の家から行くから。今日は泊めてねv」
「え!」
「じゃあ、まずは一緒にお風呂だな。ムフフ…」
「……(ムフフって…)」
ついさきほど両手を広げて待っていたジェントルマンが、今や口元をニヤけさせているなんて。
は思わず大きくため息をついた。
それでも、こうして傍に入れるだけで、嬉しいのに変わりはないのだから。
『好き』という気持ちには逆らえないという教訓になった気がしたり、しなかったり。
今日も、月が綺麗です。
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『Phthalocyanine』の月無ミナ様より。当サイト1万打お祝いに頂きましたv
一緒に風呂とかさらっとセクハラするサンジが大好きです(笑)
でもきっとこのあともっとセクハラされるんだろうなと思うともうニヤニヤが止まりません。
窓開けたら愛車に寄りかかるサンジとか・・・っ!はぁぁぁー・・・っ(ピンク色のため息)
どんな素敵シチュですか!?ミナ様ごちそうさm・・・・もとい、ありがとうございました!!