−の思い出−



海岸沿いの広い石段はシートを広げた人たちで隙間なく埋め尽くされていた。
その後ろには木造の海の家が数件並び、その間の通路は人でごった返し。
年に一度の花火大会。今日ばかりは海の家以外にも沢山の屋台が出店していてとても賑やか。
誰も彼も浮き足立った雰囲気で、浴衣姿の人も多い。

そんな中で私はTシャツに短パン。そして若干汚れの付いたエプロンという格好。
そして海の家の前に出された長いテーブルに立ち、お客さん達にカキ氷やたこ焼きを売っていた。
日も落ちて多少気温は下がったとはいえ夏真っ只中。
ただでさえ暑いのに側でイカ焼や焼き鳥を焼いているからその暑さは半端じゃない。
いくら拭っても汗が滴り落ちてくる。
それでも沢山のお客さんが買いに来てくれるのが嬉しくて、私の顔からは笑みが絶えなかった。


っ?」


大きな声で呼び込みをしているとふいに馴染みのある声に呼びかけられた。
声の方へと顔を向ければそこに居たのはよれっとしたTシャツとジーパン姿の天然パーマ。
いつもは死んだ魚のようにやる気のない目をわずかに大きくしたその人は私の高校の担任だった。


「先生!」
「お前なにしてんの?バイト?」
「ここうちのおばあちゃんがやってる海の家なんです。だからお手伝い」
「まじでッ?」

へぇ〜・・・と、驚いたように後ろにある海の家を見上げる先生。
ネクタイ姿に白衣着てるとこしか見たことがなかったから私服姿が新鮮に映った。


「先生一人なの?」
「俺見回りだもん」

そう言い指差した腕には腕章がしてあった。
ああ、なるほどと頷けばちょっと眉を顰める。

「お前まさか俺が一人で花火大会来る寂しいヤツだとか思ったんじゃねェだろうなァ」
「・・・えっへへー。あ、先生なんか買います?」
「おいィィィィ!てっめ図星だろ!?あからさまに話そらしてんじゃねェよコンチキショー」

だってりんご飴片手に見回りとか言われても、とごちると
見回りだってりんご飴くらい食うしチョコバナナだって買うんですぅと口を尖らせた。
きっとこの様子じゃ綿菓子や焼き鳥や、もしかしたらビールも飲んでるかもしれない。とんだ見回りだなぁ。


「お詫びにカキ氷驕りますから許してくださいよ」
「まじでか!?」

きらんと輝いた死んだ目に、安いなぁと笑いが込み上げる。

「何味が良いですか?」
「んーそうだなァ・・・ここはやっぱいちごミルク・・・いやいやあずきミルクも捨てがたい・・・」

真剣になって選ぶ様子が可笑しくてついつい顔が綻ぶ。本当に甘いものが好きなんだなぁ。
腕を組んで悩む姿を見て、ふと良いことを思いついた。


「それじゃあいちごミルクにあずきのせましょうか?」
「そんなんあんの!?」
「いやないですけど。海の家の娘の特権です」
「おま、それいいなァ〜・・・んでも、それって味どうなの?」
「味は保障しますよ。さっき沖田君達が来た時
 面白がって全部の味混ぜてくれって言われてやったんですけど結構イケましたから」
「全部ぅ!?あー、じゃあ俺もそれで」
「いいですけど・・・ただ色すごいことなりますけど大丈夫ですか?」


一応確認を取ると先生は「おー平気平気」と適当な返事をした。
了解してシロップの入った大きなビンの蓋を開け、カキ氷用のカップに少しずつ入れていく。
その様を何かの実験でも見守るかのように面白そうに眺めている先生はなんだか子供のようだった。
しかし、メロンの緑、いちごの赤、レモンの黄色、と足していくとカップの中はどすぐろい色になり始め
先生の表情にも微妙な色が差した。

「ちょっ、なんかほんとに色すげェんだけど・・・これまじで食えんの?」
「今更変更はナシですからね?」

にやりと笑って言えばその顔には微かに後悔が見え、私はくつくつと笑った。
カキ氷機の下にカップを入れ、氷を削って山盛りにする。
その上からまたシロップをかけ、さらに小豆と練乳を加えれば見た目はなかなか豪華になった。

「はいどうぞ」
「おお、サンキュ」

差し出された未知のカキ氷を不安と好奇心が入り混じった顔で恐る恐る口に運ぶ。
ぱくりと食べると先生の表情が変わった。それを見て思わず笑みが零れる。

「悪くないでしょ?」
「おお、フツーに美味い」

ぱくぱくと口に運ぶ様子を見て気に入ってもらえて良かったと安堵する。


すると先生の後ろでまたひとつ花火が上がり、大きな音が空気を震わせた。
それに先生が振り返り感嘆の声を漏らす。私も一緒に空を見上げたけれど視線はすぐに先生の後姿へと移った。
赤や黄色に照らされる銀色の髪はすごく綺麗で、花火よりもそちらの方に目を奪われる。

「今のすごかったなァ」

いきなり先生が振り返ったので銀髪に見蕩れていた私は慌てて頷いて見せた。


「それにしてもお前エライね。他のヤツらなんか遊び惚けてんのにさ、家の手伝いとか」

言いながら先生が人ごみを歩く浴衣姿の女の子達に目を向ける。
それに一瞬居た堪れないような苦しさを覚えた。
海の家の手伝いはキライじゃない。子供の頃から夏はほとんどここに入り浸って遊んでいた。
そして時々お手伝いをしてお小遣いを貰う。
小中学生の私にはまわりの友人達にはまだ出来ない「バイト」という感覚がなんだか大人びているようでわくわくした。
その気持ちは今でも変わらない。
そりゃあ遊びに来ている友達を見ていいなと思うこともなかった訳ではないが
ラーメンを運んだり焼き鳥を焼いたりと忙しく走り回りながら気持ちよく疲れ
時折外に出た僅かな瞬間に花火の美しさをかみ締めながら楽しむのもなかなか良いものなのだ。
だから不満なんてない。


けれど今だけは、気合入れてお洒落した女の子達が羨ましくなった。
先生の眼に映る煤けた冴えない姿の自分が恥ずかしい。
沖田君や土方君たちと会った時はそんな風に思わなかったのに。


そんな気持ちを悟られないように努めて明るい声を出して笑む。

「私ここで働くの好きなんです」
それは本心なのに、何故だか自分が嘘をついているような気になった。

けれど先生はそれを訝しがることなく眼鏡の奥の瞳を優しく細めた。


夜空には眩いばかりの大輪が華を咲かせ続けていた。










先生が雑踏に紛れていき、私も手伝いへと戻った。
あくせく働きへとへとになった頃、花火もラストを残すのみになった。
料理の注文も落ち着いて、祖母が最後だから見ておいでと皴を深くしてにっこり笑う。
その言葉に甘えて出入り口部分の傾斜になっている板の上に腰を下ろし、浜辺へと視線を向けた。
ラストは恒例のナイアガラの滝。海岸に長々と張られた紐から火の粉が降ってきて光の滝があたりを照らす。
道行く人もこの時ばかりは足を止め、誰もが最後の花火を名残惜しげに見守っている。
これを見ると今年の夏も終わりだなぁという気持ちになる。
センチメンタルな気分に浸りながら私はその美しさにただただ見蕩れていた。


やがて火の粉が止んでいき光の滝が消えてしまうと終わりのアナウンスが流れた。
石段に座っていた人々も帰り支度を始め、ざわざわと喧騒が大きくなる。
さて私も片付けを手伝いに行くかと腰を上げて中に戻ろうとした時、くいっと後ろからTシャツを引っ張られた。
びっくりして振り返ると出入り口の脇には先生が立っていた。


「先生!びっくりした・・・っ」
「悪ィ悪ィ。声かけようと思ったんだけど、夢中になって見てたから邪魔しちゃ悪いと思ってな」

知らないうちに先生に見られていたのかと思うと顔が熱くなった。
声かけてくれれば良かったのに!大丈夫かな、私口とか開けっぱなしになってなかったかな・・・


動揺している私の目の前ににゅっと透明の袋が差し出された。
その中には赤と黒、二匹の小さな金魚がちょろちょろと泳いでいる。

「わっ。これ先生が取ったの?可愛いー・・・」
「こー見えても俺ァガキん時、金魚すくいの銀ちゃんで通ってたんだよ」

得意げに自慢する先生にくすくす笑うとふわりと微笑まれた。


「いる?」
「え、私に!?い、いいの?」
「頑張ったちゃんに先生からのごほーび」

ぽんぽんと頭を撫でられて無性に恥ずかしさが込み上げる。
どうしよう、むちゃくちゃ嬉しい・・・。

赤くなりながら俯いてお礼を言うと先生は小首を傾げるようにして私を覗き込んだ。


「お前さァ、すっげ良い顔してんのな」


唐突な言葉にへっ?と間抜けな声を出して顔を上げればにんまりと笑う。


「さっき花火見てたとき、すげー充実したイイ顔してっから声かけんの勿体なくってさ。
 その辺の綺麗に着飾ったネーチャン達よりよっぽど綺麗だよ、お前」


ぽかん、と見上げれば先生は何事もなかったかのようにじゃーまた始業式でなー、と間延びした声で告げて
後ろ手を振りながら去っていってしまった。





・・・綺麗。綺麗って言われた・・・先生に、銀八先生に。
地に足が着いていないようなふわふわした心もちで頬に手を当てるとひどく火照っている。

熱い・・・頬が、触れられた頭が、金魚を受取った手が、体中が、熱い。どうしようもなく、熱い・・・


目の前に金魚の袋を持ち上げてみれば、二匹の金魚たちはとても涼しげにだった。
大事にしよう。金魚を見て顔を綻ばせながら、私は踵を返して祖母の元へと走っていった。
















ふいに頭に過ぎった夏の日の思い出。
カレンダーに目をやりながら、今年もそんな時期が近づいてきたなぁと思いを馳せる。
水槽の金魚に餌をやっていると後ろから声がかけられた。

さァ、なんで鯉なんか飼ってんの?」

私の部屋のソファにごろ寝しながらジャンプを読んでいた彼が背もたれに顎をのせてこちらを見ている。

「鯉じゃないよ、金魚だよ」
「もう金魚じゃねェだろそんなん。何食わせたらそんなデカくなんだよ。
 っつーかせっかく女の子な感じの部屋なのにその不気味な鯉だけがどーにも浮いてんだよなァ」
「不気味って・・・これくれたの銀ちゃんでしょーが」
「俺ェ!?俺そんなんやってね・・・・・・んん?」

首を捻る彼に忘れたのかよとふて腐れながら水槽に向き直ると、のそのそと隣にやってくる。

「こんなんなるまでよく育てらるよなァ。俺なら絶対ェ途中で死なしてるわ」

感心したように隣りで金魚を眺める彼を見て、今更ながらこの状況を不思議に思った。
あの時は先生と生徒だったのに、今彼は恋人として私の隣にいる。
まさかあの時はこんな風に成長したあの金魚を一緒に見ることになるなんて思っても見なかった。
数年が経ち、私は社会人になったし、祖母は衰えを感じてあの海の家をたたんでしまった。
だからもう私は海の家を手伝うことはないし、花火大会に行くとすれば私はもう普通のお客さんだ。
ただ座って眺めるだけの花火は妙に味気なくて寂しさすら覚える。あの海の家が、懐かしい。


ぼんやりと耽っているとぽんと頭に重みがのった。
それはあの日と同じ、彼の大きな手。
顔を上げればもう当たり前のように傍らにある柔らかな表情。


「今度の花火大会、一緒に行くか」


なんだか全部見透かされているような気になった。
まじまじと見返せば「絶対ェ浴衣着ろよ、絶対ェだからな」と真顔で言う。
その真剣さが可笑しくて笑いながら頷くと鼻歌を歌いながらキッチンの方へと歩いていった。
冷蔵庫を開けたままいちご牛乳のパックに直接口を付けて飲む後姿に声をかける。

「銀ちゃん、あの時のこと覚えてる?」
「あの時ィ?さーなァ、歳とると忘れっぽくていけねェや」

そっけない返事に肩をすくめて彼が投げ出したジャンプを拾い上げる。
銀ちゃんって意外と淡白なのかな。それとも私が覚えすぎてるだけ?
でもあれは私にとってすごく特別な日だったから、きっとずっと忘れないだろう。
淡い憧憬が恋に変わったあの日。花火よりも眩しい思い出。



「今度は一緒にナイアガラ見ような」



不意打ちの声にはじかれるように体を起こすと、何食わぬ顔でテレビを付けて
面白いのやってねェなァなんて一人ごちている。


・・・なーんだ、しっかり覚えてるんじゃない。


じわじわとにやける顔を見られないように私は背後にまわってその広い背中にもたれた。
重いんですけどーなんて憎まれ口を叩くからもっと体重をかけてやる。
っとに、素直じゃないんだから。まったく・・・・・・嬉しいじゃないか。
ふふふっと零れる笑みを堪えながら数週間後の花火大会へ思いを巡らす。



今度は一緒にカキ氷を食べよう。普通の味しかないけど、二人だからいちごミルクと小豆ミルクを両方買って半分こすればいい。
また金魚をすくってもらって、あの水槽に新しく入れてやって。
浴衣姿の私を見て銀ちゃんはあの日のように綺麗だと言ってくれるだろうか・・・
もし言ってくれたら、私も白状してもいいな。あの日、花火に照らされた銀髪に恋焦がれたのだということを。



ふいに伸びてきた大きな手がまた私の頭を撫ぜる。
それはあの日ほどの熱はもたらさなかったけれど、それでもやっぱり私を幸せな気持ちにした。


水槽から聞こえるこぽこぽという音が心地よく耳に響いていた。











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 カキ氷の全部混ぜはフツーに美味しいです。