「うちに上がってく?」
「バァカ、年頃の女が簡単に男を家に上げるんじゃねェよ」
「男ったってサイボーグだし」
「ベースは人間だバカヤロー」
「フランキーだし」
「どういう意味だオイ」
「そのまんまだけど」
「ったく、男はみんな狼なんだよ。覚えとけ」
「フランキーも?」
「ったりめーだ」
「じゃあ家に上げたら食べられちゃうの?」
「それでも良いってんなら上がらせてもらうけどな」
「・・・おやすみなさーい」
「切り替え早ェなテメー」
そんなやり取りがあったのはほんの数日前のこと。
この時はまだ、極悪面で柄が悪いけど気の良いチンピラ。それが私の中のフランキーの位置づけだった。
多分これからもそれは変わることはないのだと漠然と信じて疑わなかった。
けれどそんなものは簡単にひっくり返る。本当に、唐突に。
−HERO−
よく晴れた休日の午後。思い立って散歩に出かけ、当て所もなくぶらぶらと歩いていた。
日差しが優しくて頬をなでる風も穏やかで。鼻歌でも唄いたくなるほど気分は上々。
しかしそんな良い気分を頭上から聞こえてきたガンッガンッ!という耳障りな騒音がぶち壊した。
むっとしながら顔を上げれば見知った姿が目に入り驚いて声を上げる。
「フランキー!?何してんの?」
「あァ?おーなんだじゃねェか。何って屋根の修理だよ」
「屋根の修理?なんでまた」
「なんでって、壊れてたからに決まってんだろーが」
その回答は間違っちゃいないが的を射てもいない。
フランキーは大工ではなく解体屋のはずだし、ここはフランキーの家ではなく誰の家とも知らぬ家だ。
そんな家の屋根をなぜフランキーが?という意味で聞いたのだから。
要領を得ぬまま、気になって立て掛けてある梯子を登り私も屋根へと上がる。
フランキーの足元を見れば丁度修理を終えた所だった。
「へえ・・・すごい、上手いんだねフランキー」
「アウ!ったりめーよ。スーパーな俺様の手にかかればこれくらいちょろいもんだぜ!」
修理の完成度の高さに思わず感嘆の声を上げれば妙なポージングをしてみせる。
海パン一丁に上半身はアロハ羽織っただけ。ほぼ裸に近い格好でおかしなポーズ決めて。
もう変態以外の何者でもない。普通にしてれば良いヤツなんだけどな、と半眼で呆れる。
次々に色んなポーズを取って見せるフランキーをそろそろ止めようとした時。
「人んちの屋根でちちくりあわないどくれっ」
下から聞こえてきた突然のしわがれた怒声に驚いて見下ろせば、腰の曲がった小柄なお婆さんがこちらを睨み上げていた。
ああそうだ、思い出した。ここはあの偏屈で有名なお婆さんの家だ。
そう一人で納得しているとフランキーが隣でがなり声を上げた。
「誰がちちくりあってるってんだよクソババア!」
叫びながらひょいと地面に飛び降りてしまうフランキーに慌てて私も梯子を下りる。
小柄なお婆さんの前に優にその三倍以上はあるんじゃないかと思われる巨体で極悪面のフランキーが立ちはだかると
何をするでもないのにまるで恐喝でもしているような雰囲気が漂う。
それでも臆することなく睨み上げてくるのだからお婆さんもなかなかどうして肝が据わっているが。
睨み合う二人の間で仲裁に入るべきかと戸惑っていると、お婆さんの方が先にふっと顔を逸らした。
「・・・ほらよ」
そのまま視線を向けずに憮然としてフランキーの体に封筒を押しつける。
「あァん?なんだこりゃ」
訝しげにサングラスを持ち上げて封筒を見やるフランキーの横から私も一緒に覗き込む。
中には数千ベリーのお金が入っていた。
「バァカ、いらねェよこんなみみっちい金」
そう言いながらフランキーは封筒を押し返す。無理やり持たされた封筒にお婆さんはむっと顔を険しくした。
フランキーは舌でも出さんばかりの勢いでお婆さんを見下ろす。
「俺にこんなもん寄越すくれェなら、なんか美味ェもんでも食って精々余生楽しみやがれクソババア」
「チンピラ風情に同情されんのなんか真っ平なんだよっ。いいから受け取んな」
「けっ、俺ァ通り道に目障りなもんが見えて胸クソ悪ィから勝手に直しただけだ。ンなもん受け取る義理なんかねェよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人を呆気に取られて傍観していたが、徐々に可笑しくなってきた。
悪態を吐いてはいるが彼女がフランキーにお礼をしたがっているのは一目瞭然。
偏屈でへそ曲がりなお婆さんという噂で聞いたイメージしかなかったけれど、なんだ、可愛い人じゃないか。
それともそうさせるのはフランキーの人柄か。
どうやらこの二人、捻くれ者同士なかなか馬が合っているようだし。
クスクスと笑いだした私を二人が訝しく振り返る。
同じような表情で同時に見つめられて噴出しそうになった。
「お気持ちだけで十分だそうですよ、お婆ちゃん」
くつくつと笑いながら言えば、けっ、とフランキーがそっぽを向いた。
ばつが悪いのだと分かるからそんな下手な照れ隠しすら可愛く思える。
お婆さんが口を噤んだのを見て、フランキーが踵を返した。歩き出した彼に私も倣う。
「じゃあなババア、俺に修理されたくなきゃもう家壊すんじゃねーぞ」
「『もしどこか壊れたらいつでも直してあげるからねお婆ちゃん』だそうですよー」
「てめ、何勝手なことぬかしてやがる!」
「照れ屋なフランキーの胸の内を代弁してあげたまでだよ」
「誰もンなこと思ってねェ!」
「まぁまぁ、照れるな照れるな」
「照れてねェ!」
「待ちなっ!」
声とともにヒュッ、と何かが飛んできて振り返ったフランキーの顔面に直撃した。
鉄の鼻にぶつかったそれはガチンッとなんとも鈍く痛そうな音を響かせる。
驚きながらも、ナイスコントロール・・・と変に感心してしまった。
「痛ってェーなババア!何しやが・・・」
「今日は一本しかないからね。・・・今度は二本冷やしとくよ」
そう言い捨てるとさっさと家の中に入っていってしまった。それをぽかんと見送る。
フランキーの手の中には汗をかいたコーラの瓶が一本。
「・・・どゆこと?」
「『今度は二人で遊びに来い』ってよ。ったくあのババア炭酸投げやがって」
自分は炭酸飲まねェから瓶振ったらどうなるか分かってねェんだよ、とフランキーがぶちぶち垂れる。
「飲まないのになんで家にコーラがあるの?」
「俺がたまに顔出すようになってから買い置きしてあるみてェだ。来んなとか言いながら矛盾してんだっつーの」
その言葉に少なからず驚く。どうやらフランキーは身寄りの無い彼女の所へさっきみたいに世話を焼きに行っているらしい。
毎年のように襲い来るアクアラグナの被害が増している昨今、下町は危険で多くの人は都心部へと避難して行った。
それでもお婆さんは昔家族と住んでいた思い入れある場所だからと頑として離れようとしないらしい。
この辺りは最近じゃ治安も良くねェからっつっても聞かねェんだと零すフランキーは口ぶりはどうあれ本気で心配している。
なんだか無性に感動した。
ごろつき達を纏め上げたり、行く当ての無い奴らを面倒みたりしているのは知っていたけれど。
まさかこんなことまでしていたなんてとまじまじとフランキーを見上げる。
W7は現市長であるアイスバーグさんが就任して以来豊かな都市になったけれどまだまだ安寧とは言い難い。
まるでそんな行政の目の届かない所は自分がカバーするとでもいうような。
そんなの私の勝手な見解なのかもしれないけれど、少なくとも私にはそう見えた。
途端、フランキーが輝いて見える。
なんだか正義の味方みたいだ。極悪面だけど。チンピラだけど。『ヒーロー』、その言葉がとても似合う気がした。
こんな半サイボーグがカッコ良く見えるなんて私も随分焼きが回ったものだ。
だけど・・・
「何笑ってやがる」
「別にぃ。ただちょーっとね」
恋って思いもよらないタイミングで降ってくるもんなんだなぁって実感してるだけよ。
クスクスと笑う私に気持ち悪ィなと眉を顰めるフランキーをからかう様に見上げる。
「うちには誘っても上がらないくせにお婆ちゃん家には上がるんだなぁと思ってただけー」
「ババアの家と一緒にすんな。っつーかありゃオメーが上げなかったんだろうが」
「そうだっけ?」
知らん顔すればしらばっくれるなと小突かれて、そんな些細なことにすら笑みが止まらない。
「じゃあさ、今からうち来る?」
「だーから、年頃の女がそう簡単に・・・」
「簡単じゃないよ?」
「・・・あァ?」
「女の方からモーションかけてくるようなのは嫌?」
口を開けたまま固まったフランキーが私を見下ろす。
内心どきどきしながら見上げる私にふっと真顔になって。
やがて悪い顔でにやりと口角を上げて見せた。
「俺みてェにスーパーな男にゃそんくらいの女じゃねェと釣り合わねェよ」
その台詞に面食らって。そして思い切り吹き出した。
やっぱりどう見てもヒーロー役より悪役の方が似合う。
けどそんなフランキーが私にとっては誰よりも格好良いヒーローになってしまったのだ。
数日前とはえらく変わってしまったフランキーへの想いにこそばゆさを覚えながら
私は送り狼に変身したヒーローを引き連れて夕暮れに染まる水辺を家路へと辿っていった。
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フラ兄はぴば〜!(080309)