カリ



霞がたなびく朝もやの中、緩やかに片鱗を現し始めた太陽は辺り一面を珊瑚色に染め上げた。
空気の冷たさも忘れて、私はその夢の続きのような景色に見入った。

「すごい・・・空も海もピンク色・・・・」

美しさに圧倒されて息を飲む。なんだか熱いものが込み上げてきた。


壮大な景色に抱かれながら、そっと隣を伺う。
お喋りなはずの白骨の紳士も今は無言のまま緩やかに昇る太陽を見つめ続けている。


何を思っているんだろう・・・
表情が読めないのはいつものことだけれど、ついもどかしく思う。

どんな気持ちで見つめていますか?
私は・・・この景色をあなたと一緒に見られて、とても嬉しいのだけれど・・・

想像もつかないほどの孤独や絶望を経験してきたあなたの心は、私なんかには到底計り知れないけれど
だけどどうか・・・・どうかあなたの目にもこの景色が優しく美しく映っていればいいと
祈りにも似た願いが胸を詰まらせ、私は船縁を握る手に力をこめた。



「もし今私に肉体があったなら、きっと私は涙を流しているでしょう・・・」

ふいに上から降ってきた声にはっと顔を上げる。

「嬉しくて仕方がないのです。こうしてまた朝日を迎えられたことが、その美しさを分かち合える人がいることが」

そして・・・と彼は少し躊躇してからこちらに真っ直ぐ顔を向けた。

「・・・その相手が、あなたであることが・・・」

驚いて目を瞠ると彼は再び視線を太陽へと戻した。

「たった一人で薄暗い海を数十年間さ迷い続けた私にとって人は“喜び”、この船の方々は“喜び”でした。
 そして、そんな場所であなたに出会えた・・・。 私にとって、あなたは“光”なのです・・・」

ブルックさんの言葉に心音が速まる。私は夢でも見ているのだろうか?
なんだか足元がふわふわしているみたいでちっとも現実味がないのだけれど・・・

「言うつもりなどなかったのですが、すみません・・・・・私は、さんが好きなのです」

熱い気持ちが体中を満たし、私を震わせた。
けれどそんな私の想いには気づかずにブルックさんはシルクハットをきゅっと下げて俯いた。

「迷惑だと分かっているのに伝えてしまったわがままをお許しください」
「そんな!迷惑だなんて・・・っ!」
「ヨホホ。ありがとうございます。あなたは優しいお方だ」

違う、そうじゃなくて!
伝えられないもどかしさに唇を噛む。
言葉が見つからなくて視線を彷徨わせているとブルックさんは自己完結し始めてしまった。

「まさかまた恋が出来る日が来るなんて思ってもいませんでした。
あなたは私にこんな幸せな気持ちをくれた、それだけで十分なのです。感謝の気持ちでいっぱいなのですよ。ヨホホ!」
「そんな、叶わなくてもいいみたいな言い方しないでください!」

私の剣幕に驚いたようにブルックさんがこちらを見た。

「私の気持ちはどうなるんですか?私が、あなたを好きだという気持ちは・・・」
「えぇッ!!?さん・・・!?いや、そ、そんなまさか・・・!!?」
「・・・ご迷惑ですか?」
「ととととんでもない!し、しかし、あなたのような魅力的なお嬢さんが、本当に私なんかで良いんですか?」
「私なんかって言わないでください!ブルックさんは、素敵です!」
さん・・・・・」

たまらない気持ちになってブルックさんの胸に飛び込んだ。
どうかこの気持ちを信じて欲しくて、ただがむしゃらにしがみついた。

すると私の背中の後ろで彼の手がどうしていいか分からないといったように迷っていることに気付いた。

「・・・抱き締めては、くれないんですか?」
「しかし、このような体で抱き締めては痛いでしょうし・・・」

オロオロと彼の手が動くたびにカシャカシャと音をたてる。
そんな彼を笑いながら見上げる。

「例え痛くても構わないですから、できたら抱き締め返してくれると嬉しいです」
そう言うと一瞬驚いたように体を強ばらせて(身はないのだから私の気のせいかもしれないけれど)
そしてゆっくりと私の背に腕を回してくれた。そっと置かれたその手はかたかたと震えている。

「し、幸せ過ぎて死にそうです!なんて、本当に一回死んでるんですけれども!」
「ふふふっ、ブルックさんはこんな時まで」
「あぁ、すみません!ムードもなにも無いですねッ」
「そんなところも好きですけど」
「こ、これ以上あなたに首っ丈にしないでください!まぁ首って言っても骨しかないんですけど!」

あたふたするブルックさんにどうしようもない愛おしさを感じながら私は腕に力をこめた。
優しい太陽の光が私たちを包み込む。
新しい一日の始まりと共に、私たちの気持ちもまた始まっていったのだった。







徐々に甲板には起床したクルーたちの賑やかな声が響きだし私たちもラウンジへと向かう。

ラウンジに入るとすでにみんなが揃っており、テーブルにはいつも通り美味しそうな食事が並んでいた。
しかし、その作り手であるクルーが何故か酷く影を落としている。
まるでネガティブホロウにでもあてられたかのような落ち込みように心配になって声をかけた。

「サンジさんどうしたんですか?」
「失恋したんですって」

本人に代わってナミがコーヒーを飲みながら淡々と私の質問に答えた。

「失恋!?誰にですか!?」
「「「オメーだよ」」」
「えぇえッ!?」

各方面からのツッコミに私は思わずフリーズする。
どうやら朝早いコックさんに私たちのことを見られていたらしいと気づき、一気に体温が上がる。
隣にいるブルックさんも面を食らっているようだ(面なんてないのだけれど)。

「そ、そうだったんですか料理長・・・すみません、さんは私が・・・・・・いただきます!コックだけに!」
「うっせェよ!!あぁぁぁ・・・なんでこんな骨野郎に麗しいレディーを・・・
 てめェ!ちゃん泣かしたら鍋にぶちこんでダシ取ってやるからな!」

「ヨホホホホホホ!!」

突然くるくる踊りだしたブルックさんに、クルー達が何事かと視線を向ける。
「ブ、ブルックさん・・・?」
「ヨホホホ!嫉妬なんてされるのも数十年ぶりで楽シィー!」
「てっめ・・・!!やっぱ我慢ならねェ!!蹴り飛ばしてやる・・・ッ!!!」
「サ、サンジさん待ってください!」


騒ぐ私たちに構わず、他のクルー達は賑やかに朝食を始めていた。
ラウンジを駆け回る二人にどうしたらいいものかとあわあわしたが
追い掛けまわされているブルックさんがとても楽しそうだったのでまぁいいかと笑って見守った。
その間にも食卓の料理は壮絶な早さで消えていくのだった。





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 ブルック書きやすいのは笑いの沸点の低さが似ているからでしょうかw