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「ブルッ・・・」
「ぎぃやあぁぁぁあぁッ!!」

展望室に入り声を掛けた瞬間悲鳴を上げられた。
キィーンっと鳴る耳を押さえて叫び主を見遣る。

「ヨ、ヨホホ!さんでしたかっ!」
「人をオバケみたいに」
「びびびっくりしたのですよ!面食らってしまいました!私面なんてないんですけど!」
「・・・すごいぶっ飛んだね」
「死んで骨だけ軽いのです!」

よほど驚いたのだろう。不自然なほどの大声と夜更けに似合わぬテンションの高さがそれを物語っていた。
ブルックが生身だったら涙目だったに違いない。

「どどどどうしたのですかこんな時間に?」

未だ動悸が治まらないらしい(そもそもそんなものがあるのかどうかすら怪しいのだが)
胸を押さえるブルックに、持ってきたお皿の上のハンカチを取って見せた。

「見張り役恐がってたから様子見に。ついでに差し入れ」
言えば小踊りせんばかりにヨホホと笑いだす。
「感激です!心配してくださったのですね。しかも差し入れまで!
 私もうお腹がペコペコでお腹と背中がくっつきそうだったんです!あ、お腹も背中もないんですけどっ!ヨホホホホー!」

もう聞き飽きたそのスカルジョークとやらをはいはいといなして、お皿をブルックへと差し出す。

「おにぎり!もしかしてさんが握ってくださったのですか?」
「・・・すいませんね、形が歪で」

不恰好なそれはどう見てもこの船の名コックさんが握ったものではない。
しかしどうしてこう捻くれた物言いしか出来ないのだろうと自分自身に辟易する。

「ヨホホ!そんなことありませんよ、とても美味しそうだ。ちなみに具はなんですか?」
「梅干しと鮭とおかか」
「素晴らしい!ちなみに私はタラコが好きです」
「・・・なんで今それ言った?タラコ握ってこいってか?作り直してこいってか?」
「ヨホホホ〜!スカルッジョーク!ではいただきます!」

スカルジョークじゃなくてブラックジョークだろうがとこめかみに青筋を立てつつも
嬉しそうにばくばくとおにぎりを頬張るブルックを見ていたら怒る気がそがれてしまった。
自分が作ったものを食べてもらえるのが気恥ずかしくも嬉しい。
まあ相変わらずの汚い食べ方ではあるけれど。

「またもう顔中に米粒付けて。ちゃんと取りなよ、はい鏡」
「ぎゃーッ!ガイコツ!あ、私でした。ヨホホホ〜!」
・・・どうしてコイツはいちいち会話に小ネタ挟まないと気がすまないのか。
呆れ果てながら半眼で見遣れば丁寧に合掌しながらごちそうさまでしたと言われ、不覚にも照れてしまう。
「・・・お粗末さまでした」
「ヨホホ!お粗末なんかじゃありませんでしたよ!とても美味しかったです。ありがとうございました。
 さあ、夜更かしは体に毒です。私に構わずお休みください」
「でも・・・一人じゃ怖いんでしょう?」
「何を仰います!暗闇なんて慣れっこですよ。私だって男ですからね、何のこれしきッ」
・・・さっき人の顔見て絶叫したヤツがどの面下げて・・・。


大体散々怖い怖いと騒ぎ立てたのはブルック自身だ。

「えーッ!?夜の見張りですか!?そんなッ真夜中に船で一人起きてるだなんて不気味過ぎます!
 ゆゆゆ幽霊でもでたらッ・・・ぎゃーーー!怖いーーーッ!!」
夜の見張りを言いつけられてそう騒ぐブルックに
「いや、オメー自身が一番ホラーだから」と最もなツッコミを入れるウソップや
「もし幽霊が出たら捕まえてこれに入れとけ、飼うから!」と虫籠を渡して、どーんと無茶振りするルフィ
「幽霊の方が逃げ出すんじゃないかしら?」とにこやかに暴言を吐くロビン達に
「そんなッ!身の毛もよだちますよ!私身に毛なんかないんですけども!ヨホホホホ〜!」
なんて本当は怖いんだか怖くないんだかと訝しがりたくなるテンションで震えていた。

そんなやり取りを思い出してふぅ、とため息を吐く。

「目が冴えちゃって眠れないの。だからからここに居させてよ・・・ガイコツでも居ないよりマシだから」
言いながら自分にため息を吐きたくなった。どうしていつもこう一言余計なんだろう。
ここに居座ろうとする私に躊躇の色を見せたブルックだったが、鬱いだ様子を認めるとにこやかに応じた。
挙句にさんは優しい方だなんて言う。

・・・何言ってんの。優しいのはブルックの方でしょうが。

私の様子がおかしくても指摘して欲しくないという心情を察して聞かずにいてくれる。
私はまるでブルックの為であるかのような恩着せがましい物言いでここにいるが、実際は単に私が居たいだけだ。
そんなの優しくもなんともない。
触れてほしくないことには触れずにそのままさらりと受け入れてくれるブルックの対応は大人で。
私はいつだってブルックのこういう所に救われているなと小さくため息を吐いた。


ブルックが鼻歌混じりに窓辺のソファーに横座りして外に視線を送る様を目で追う。
近頃はもう癖になってしまった。無意識のうちに目はブルックの姿を探し、追い求める。
そして日に日に気持ちは揺れるのだ。ため息を吐く回数は増すばかり。
ブルックはその理由が自分であることに気づいているのかいないのか、私の変化を訝しがる様子はない。
それに安堵する一方で落胆する自分。気づいて欲しくないのに気づいて欲しい矛盾。
そんな焦れた想いを抱きながら月明かりに浮かぶ細身のシルエットに目を細めた。

朧月が照らす白骨はまるでそれ自体が発光しているかのように淡く輝き。
人の骨ってこんなに綺麗なんだな、と不躾な感想を抱く自分を恥じるけれども目が離せない。

ふいに、胸に沸き起こった感情に突き動かされる。
本能的に伸ばしかけた手をぎゅうと握って収めた。
奥歯を歯噛みしながら欲求を持て余す。
いつまでも突っ立っている私に気づき、ブルックが不思議そうに首を傾げた。
さん?どうかされたのですか?」
視線を上げ開きかけた唇をもう一度結ぶ。言えない。言えるわけがない。触れたい、なんて。
それでも欲求と羞恥の板ばさみに合った私は逡巡しながらもブルックを見据えた。

「ブルック・・・背中に寄り掛かっても良い?」

唐突な申し出にブルックは目を丸くしつつ(もちろん目なんてないけど)、けれどヨホホと笑って快諾した。
明らかに不審な私を問い詰めるでもなく。
それにほっとする胸中を隠しながら座るブルックの背後に回った。

「しかし私の体は骨ばかりですからね。寄り掛かっても心地良くは無いと思いますよ?」
「それは良いの・・・だけど、本当に大丈夫?なんか体重掛けたら潰れそうな気がしてきた・・・」
「ヨホホ!大丈夫ですよ。こう見えても頑丈なんです。女性一人くらい支えられないでどうします!」

じゃあ・・・と失礼してその細い背中に恐る恐る寄り掛かる。
背に伝わる布越しの骨の感触はやっぱり硬くて若干痛いけれど、思ったより安定感がある。
楽ちんだな。気づいて思わず口角が上がった。
ブルックが私が楽なように気遣ってくれているのが分かったから。こういう細やかな優しさに私は滅法弱い。
自分自身がとても大雑把な性格だから、さりげない優しさに気づいてしまうともう参ってしまう。
しかもブルックのこういった気配りはほとんど無意識なのだから尚更に。
私なら余程気をつけていないと出来ないようなことを自然にやってのけてしまうのだから。

綻ぶ顔を抑えながら背中の感触を感じていると。
急にミシッ、と嫌な音が背中越しに響いた。
ん?と眉を顰めれば呻く様にブルックがぼそりと。

「・・・キシム」

見れば骨がおかしな風に入り組んでいて、その光景に一気に血の気が引いた。
「きゃーっ!ちょ、やっぱダメだったんじゃん!え?なんか格好が変・・・っどう、すればいいの・・・!?
 チョッパー呼ぶ!?あ、牛乳だっけ!?ま、待ってて今すぐっ・・・」

青くなっておろおろする私に唐突に目の前のガイコツはヨホホホホーッ!!と笑い出した。
呆気にとられていると、暢気極まりない声でスカルッジョークッ!と叫ぶ。
仕舞いにご機嫌でくるくると回りだしたそいつをしばし呆然と眺め、やがてふつふつと沸いてきた怒りに思い切り拳を振り上げた。
今度こそガションと崩れ落ちたけれど知るものか。こっちは本気で心配したって言うのに!
白骨化しながらもヨミヨミの実で蘇ったブルックは体の構造がどうなっているのか本当に知れない。
唐突に頭かっぴらいて見せたり、臓器なんて無いくせに食べ物を消化したり。
ほとんど人外と言っていいコイツに医療なんてものがどこまで通用するのか分からない。
だから怖い。ブルックが怪我したり、病気したりしたらと思うと。対処法が分からないから・・・。
それなのにそんな悪い冗談でからかうなんて。自分の体重で押し潰しちゃったのかとショックを受けた私の乙女心を返せ!

本気で腹が立って怒鳴ろうとした私に、ブルックが座りなおしてヨホホと笑った。

「やはり貴女はそのくらい元気な方が良いですよ」

背中を向けられたまま言われたセリフに面食らい言葉を失う。
つまり、私の様子が変だったから、わざと怒らせるようなことで焚き付けた、ってこと?
理解した途端力が抜けてへなへなと座り込んだ。

「・・・馬鹿ブルック」
「オヤオヤ、手厳しィー!ヨホホホ」
「元気付けるやり方完全に間違ってるから」
「ヨホホ・・・そのようですね。失敗しました、申し訳ありません」

背中越しに感じた苦笑に珍しいと思った。あまりこういう笑い方をするイメージがない。

「私少し、いえ、かなりはしゃいでいたようです」
「・・・はしゃいでた?」
「ええ。さん、お料理得意じゃないでしょう?」

突然向けられた話題の矛先にぐうと言葉に窮する。

「っ、悪かったわね。今度はちゃんとサンジ君に頼んで作ってもらうわよ」
「いえ、そうではなく。嬉しかったのですよ、得意でなくても私のために一生懸命作ってくれたのかと思うと。感動しました」

大げさな、と零した呟きが震えて慌てて唇を結んだ。
おにぎり一つまともに作れない自分が情けなくて、それでもブルックが食べてくれたことが嬉しくて
喜んでもらえたことが嬉しくて嬉しくて嬉しくて・・・泣きそうだ。
ぎゅっと目を閉じて立てた膝に顔を伏せる。触れている背中の感触が鮮明で、ますます込み上げてきてしまう。
なんだってこんなに私はブルックが・・・。


互いに微動だにせず、薄暗い部屋には遠い波の音だけが響いた。
沈黙を破ったのはブルックの声。

「・・・歌でも歌いましょうか?何かリクエストはありますか?」
「・・・何でも良いの?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ・・・」
「ビンクスの酒を〜♪」
リクエスト聞く気無いじゃん!とツッコむ前に吹き出してしまった。
あーあ、ダメだ。完全にブルックのペースだよ。
思いながらも顔が笑んでしまう。膝に頭を乗せたままブルックが紡ぐ歌に耳をすませる。
ブルックにとってとても大切な歌。思い入れがあるなんて言葉なんかじゃ済まされない、大切な大切な。
それを今私のためだけに歌ってくれているのだと思うと幸せ過ぎて眩暈がした。

そんな自分に笑けてくる。
相手は白骨人間だ。いや例え生身の人間だったとしても、セクハラ紳士だし、ジョークは寒いし、テンションおかしいし。
話していて本気でイラッとすることもあるし、腹が立ったり呆れたりすることもしょっちゅう。
なのにどうしてブルックなんだろう。どうしてブルックじゃなきゃダメなんだろう。
自分自身が信じられないほどに。本当に馬鹿みたいに。怖いくらいに、好きだ。

ふいに歌が止み、少し背中が揺れる。
さん?眠ってらっしゃるのですか?」
「ううん、ちゃんと起きてるよ。聞き惚れてた」
「ヨホホ、それは光栄です。けれど寝ても構いませんよ?」
「やだよ、勿体ない」

ブルックが押し黙った。どうしたのかと身を捩って伺おうとすると、すぐに声を掛けられる。

「・・・今度はバイオリンでも弾きましょうか」
「え?いいよ、夜だし」
「大丈夫ですよ、音を抑えれば」

なんだかブルックが必死で間を埋めようとしているような気がした。
普段は沈黙が訪れても気に病むタイプではなかったはずなのに。
そんなブルックに少し引っかかりを覚えながら考える。
確かにブルックのバイオリンを聴けるのは嬉しいけれど。
バイオリンを弾くとなると離れなければならないから・・・

「今は、歌の方が良い」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ブルック?」
「・・・すみません、なんでもありません」

その常ならぬ雰囲気に戸惑いを感じて振り向き、闇に溶け込む漆黒の後姿を見つめる。
訪れた沈黙に、その空気に。


私は理解した。ブルックは、気づいてる。


ドクン、と呼吸が止まりそうな程大きく鼓動が鳴く。
震えはじめた手を押さえながら、心の奥底から湧き起こる感情の波に飲み込まれるような錯覚に陥る。
高ぶる情動は自分の中に想いを閉じ込めておくことをもう許してはくれず。
もう一度その背に凭れれば、想いは口から零れだした。

「ねぇブルック・・・もう気づいてるんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・」
「私があなたを・・・ブルックをどう思っているか、もう気づいているんでしょう?」

言葉尻が堪え切れず震えた。ぱたりと零れたそれに、自分が泣いているんだと知る。胸が詰まってしょうがない。
だってずっと怖かったんだ。こんな逃げ場の無い船内で、想いが叶わなかったとしたら。迷惑だと断られでもしたらと。
だけどそんな不安とは裏腹に想いは増幅するばかりで、もう抱え切れなくて、今にも溢れそうで。

しゃくりあげる私の後ろで黙っていたブルックが微かに身じろぎした。ミシリ、と響く鈍い音。

「・・・・・・・きしむ」
「っ!!」
こんな時まで茶々を入れるなんてと憤慨して勢いよく体を起こした私に、ブルックが静かに言葉を続けた。


「軋むのですよ・・・あなたの言葉に」


その声の真摯さに、切なさに、言葉を失う。

「軋むのです。あなたのことを想うと、この胸が。・・・胸なんて、もうあばらくらいしかありませんのに。ヨホホ・・・おかしいですね」

いつも通りの軽口が悲痛に響いて。見開いた目は瞬きも忘れて次から次へと涙を溢れさせた。


私はブルックを苦しめていたのだ。


異形の者であるという自覚が、想いを伝えることも、受け入れることも許さずに。
けれど拒絶することもまた、その優しさがさせなかった。

私は自分のことしか考えていなかったのに。フラれるのが怖いだの、船に居辛くなるだの。
でもブルックは自分の事は二の次で私を傷つけまいとすることや、船の雰囲気を壊さぬようにすることを慮っていたに違いない。


ごめん、ブルック。苦しめてごめんね。

ごめん・・・でも私嬉しいんだ。ブルックが私のことで胸を痛めていてくれたのが、嬉しいんだよ。


そんなひどい自分に嫌気が差すけれど、もう止められそうになかった。
私はもっとひどいことをしようとしている。
自分で抱えきれなくなった想いを、ブルックに押し付けようとしている。
そうすればブルックが益々苦しむと分かっていて。


ごめん、ブルック。
だけど。




「私、ブルックのことが好き」


背中越しに感じていた呼吸が止まり、時が止まった。
それはまるで永遠のように。













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